2024年9月14日土曜日

美女の前髪をつかめ!(前編)熱血シニア集合

13日、土浦のホテルマロウド筑波に3人の熱血シニアが集合した。
3人とはSさん(76才)Tさん(77才)、小生(82才)である。
きっかけはSさんがV社OB会の会長に就任されたというので激励しようというものだった。
Sさん国立大学工学部出身。成績上位だったので、恩師から日立、東芝、NHKにのような大きな会社に就職しなさい、と勧められたのにV社に就職したという大のⅤ社ファン。しかし、入社してみると、その非効率な仕事ぶりに落胆。
V社をなんとか立て直ししたいと労組の執行委員長になって経営者と対峙したというから凄い。どの経営者も頼りなかったが、業界でも名経営者といわれたT氏の言葉は忘れないという。それは「美女の前髪をつかめ」というもの。つまりビジネスで成功するためには、後を追っていても追いつかない。他社の先を行け!ということだった。
Sさんは結局、V社を退社。日立に転職。日立に就職して驚いたのは①会議は5分前集合。たとえ社長に呼ばれても会議があると断る②主催した会議の議事録はその日のうちに仕上げる。V社にはない厳しい社風だったという。V社を見限ったSさんだが、定年後、Ⅴ社OB会の会長に祭り上げられたのだから縁とは不思議なもの。SさんはミスターVなのである。
 Tさんも国立大学工学部出身。年間売上3兆円とう優良企業OB。入社同期の交遊録を出版。母校(高校)OB会の支部長に就任。支部活動のモットーは「一人ボッチを出さない」。同校出身落語家の支援もやっている。「15日の”新婚さんいらっしゃい”に立川志のぽんが出演します」と結んだ。
82才の小生といえば広報活動一筋。現在、理不尽な広報活動している会社があり、場合によっては「意見広告を出す」と息巻くと、Tさん「恐ろしい」と笑う。
ホテルマロウド筑波の13階の展望レストランは素晴らしい。(写真・上)ランチも前菜(写真・左)にスパゲッティ、食後のコーヒー飲み放題で¥1,800だった。ところで、土浦駅から徒歩15分のホテルなのにどうして”筑波”と付いているのだろう。




2024年9月5日木曜日

うまくできた障子貼り。ツゲはトラ刈り。

 
7月から8月にかけて、屋根、外壁の塗り替え、テレビドアホンの交換、クーラーの増設と、工事が重なった。この際、和室の障子の張替えもやろうと思って、見積もりをとったら高かったね。幅広クーロン紙 @12,000×2枚=24,000+現場配送費一式10,000、合計¥34,000
いくらなんでも高いと思い、自分でやることにした。障子紙+ノリ代=¥3,000でできあ上がった。
自分でやるのは結構楽しい。思いの他うまくいったのは古い障子紙の剥がし。水で濡らしたところ、ロール状に綺麗に剝れました。障子の桟が十分に乾いてからノリ付け。昔は刷毛で桟にノリを付けていたが、今はチューブにガイドの付いた専用のノリがあり、桟にガイドを合わせてチューブを絞るだけなの簡単。出来上がりはプロがやったような仕上がりになった。
わが家は隣家との間にツゲの目隠しがある。新芽が50センチほど伸びてきたので、剪定をした。剪定に当たって一番注意したのは、梯子からの転落。ツゲの高さは3mあるので、梯子に登って移動させながらの作業になる。出来上がりはプロ並みとはいかない。ご覧の通りのトラがり。
気がついたら、風呂桶のフタのフチが黒づんでいる。床や壁は都度掃除をするが、風呂桶のフタには気づかなかった。カビキラーを吹き付けて水洗い。これを3回ほど繰り返したら、綺麗になった。それが済んだら、綺麗だと思っていた壁や床の一画もカビで黒ずんでいるのに気がつく。

庭の草はとってもとっても生えてくるし、日々やることに事か欠かない。


2024年8月29日木曜日

なに、牛久でオペラ「アイーダ」をやる?

8月は迷走を続ける台風10号で幕を閉じようとしている。
8月は株の大暴落ではじまった。株の利益を遊交費に充てている老人にはショック。まあ、生活が引き締まっていいか。と思っていた9日、音楽仲間の集い、龍ヶ崎ゲヴァントハウスのホーム頁を見たら「牛久のアイーダ」という案内に出会った。
 なに、わが町・牛久でヴェルディのオペラ「アイーダ」をやる?人口8万の町でオペラをやるの、信じられん。入場料は6千円だという。主催者は何を考えているのだろう?お客さん何人入るかな?良くて500名、300名くらは入るかな。6千円の臨時出費は大きいが、11日(日)2時、会場の牛久市の文化ホールにかけつけた。驚きました。駐車場が満杯。会場に入ると900席(1階)が埋まっている。和服を着たご婦人もおりオペラ気分が充満。
幕が上がると、字幕付きのセミステージ。歌手は日本の一流歌手ということで、朗々と美声が響わたる。有名な凱旋行進曲ではトランペットが咆哮し、40名の合唱団が唱和する。法悦の一時である。
このオペラ、主催は「一番星」、後援がつくば市、土浦市、牛久市の三市である。牛久のオペラといっても実質は茨城県南のオペラファンが支えており、固定客もいるようだ。
オペラといえばなんといってもカーテンコール。ソリスト、合唱団、アンサンブル、指揮者、演出者が何度も呼び出される。東京のコンサートホールにいるような気分を味わった。(写真・右)
ネットには「牛久のアイーダ、片道2時間40分かけて行って良かった!現在日本で望みうる最高のキャストだった。大感動~」という書き込みがあった。この公演を知らせてくれたゲヴァントハウスの加来さん、ありがとう。

2024年8月22日木曜日

パリから東京へ。「2025世界陸上」北口榛花、連続金メダルへ!

8月16日から「2025年世界陸上・東京大会」チケットの先行販売がはじまった。
同大会は来年9月13日~21日にわたって東京・国立競技場で開催される。
チケットの値段が午前のセッションが¥2,500~¥15,000、午後(土日祝)のセッションが¥5,000~¥50,000と聞いて、そんな高額なチケット売れるのかなと思った。昨日、ネットで調べてみたところ、20日、21日、¥50,000のチケット完売とある。あわてて、20日の¥20,000のチケットを購入した。運が良かったといわざるを得ない。今日、ネットで見たところ、21日は全席完売。20日もほぼ完売となっている。
世界陸上は私が勤務していたTDKが第1回ヘルシンキ大会(1983)の時からスポンサーとなっている。第2回ローマ大会(1987)の時は私が担当としてローマに出張した。大会ではテレビ番組ゲストコメンテータの長嶋茂雄さんにもお目にかかった。(写真・右)長嶋さんにとっても来年の東京大会は意義深いものだと思う。20日は男子4×100mの予選が行われる。日本チームは決勝まで進めるか?女子やり投げに北口榛花が登場。パリオリンピックに続いて金メダル有望である。国立競技場に日の丸が揚がり「君が代」が流れる。歴史的瞬間である。

2024年8月17日土曜日

90年前の欧米旅行。東大出身エリート官僚の旅


 知人の小金郁三(いくみ)さんが「アメリカへの旅、ヨーロッパの旅」(百年書房)という本を出版した。小金さんが父の書棚に、父の叔父である小金義照が書いた「アメリカへの旅」「ヨーロッパの旅」があるのを発見。これを復刻したのである。義照は明治31年(1898)神奈川県足柄上郡開成町に生まれた。1922年、東京帝国大学法学部卒業。農商務省に入省。後政治家となり郵政大臣となる。
著書は官命を受けて1934年(昭和9)、船で米国に渡り主要都市を視察。続いてヨーロッパ主要都市を視察した模様を描写したものである。1934年というと3年前には満州事変、前年には国際連盟脱退。第二次世界大戦に向けての時代である。ドイツではヒットラー率いるナチスが権勢を奮っていた。つまり、日本国ここにありに燃えていた時代であり、その国の官僚としての豊穣の旅である。各国の政治・経済事情だけでなく生活、食文化まで描写されている。
「欧州でも、イギリス婦人は重厚味を感じさせる。ドイツには美人が少ないように思えた。特に、ビールを飲んだ女は腰が太すぎて美しいよりも逞しさが感ぜられる。パリジェンヌは概して腰が細い。パリは、やはり、世界第一、女の美しい都であろう」
義照の写真を見るとハンサムである。海外でももてたのではないだろうか。各都市には東大出身の官僚や商社マンが常駐し、義照をシッカリとフォローしている様子が描かれている。
義照はTDKを創立した齋藤憲三の後任として、衆議院科学技術振興対策特別委員長となるが、憲三は早稲田、その人脈は東大卒の義照に遠く及ばないと感じた。

2024年8月12日月曜日

千曲川支部納涼会③TDKカセットの哲学「MA-R」

 
納涼会で私との再会を心待ちにしていたという技術者の一人が石田俊彦さんだった。「畠山さん。見て下さい」石田さんは古ぼけた青焼きのカセットハーフの図面をとりだした。昭和46年(1971)に作成されたカセットハーフと、石田さんが書き起こしたMA-R(1985発売) のハーフ(開発名HX)のアイディア図面(下)だった。

石田さんは理工学部出身。卒業論文は「船舶用ディーゼルエンジンの動弁機構シュミレーションの確立」。TDKに入社して与えられたテーマは「カセットテープ高精度化のための設計を行うこと」だった。

石田さんはカセットテープからオープンテープ並みの音質を引き出すためには、テープ走行の安定性が大事、そのためにはハーフ本体を金属にするという大胆な発想をする。金属フレームはカメラボデーに使われている亜鉛ダイキャストを採用、テープ走行を可視化するために半導体プロセスに使用されているシリコン塗布技術を使用した透明シートを開発。TDKカセットのみならず、世界のカセットテープのシンボル商品ともいえる「MA-R」の開発を成し遂げる。石田さんは「当時は各自それぞれの分野でベストを尽くし、お互いに共振して大きなな成果を上げましたね」。と結ぶ。

 音楽や音響学の専門家でもない私が商品企画という立場で10年間、仕事ができたのも石田さんはじめ千曲川工場の皆さんの支えがあったからだということを身に沁みて感じた。私は定年後もTDKカセットテープの広報(ボランティア)をやらさせていただいているが、これも千曲川の皆さんのお陰である。


2024年8月11日日曜日

千曲川支部納涼会②「世界のカセットTDK」の生産基地

 納涼会が開催される佐久グランドホテルの最寄駅である小海線の中込駅についたのは5:35分。開会の6時まで間がない。駅舎を出ると「やあ、畠山さん」と声をかけられた。畔上さんだった。35年ぶりなのにちっとも変っていない。畔上さんの先導で、6時10分前にホテルに無事到着した。畔上さんはSA,MAというヒット商品を開発した技術者だある。
千曲川工場ができたのは1969年、月産生産能力200万巻だった。(写真・右)この工場にはカセットテープづくりの職人が集結していた。当時の技術者の多くがこの地に住み着き、定年後の今でも年に数度集まり旧交を温めているのである。今回の納涼会の参加者は56名というから凄い。(写真・上)
カセットテープの生産工場は千曲川の後、米国カルフォルニア、ドイツ、ルクセンブルクに建設された。千曲川工場は基幹工場だった。
TDKのカセットテープは最盛期には年間売上700臆円を超えた。TDK全社の25%、利益では50%に達した。TDKカセットテープの世界シェアは30%~40%とトップ。「世界のカセットTDK」といわれた。TDKは世界陸上のゼッケンスポンサーを続けているが、この地位を獲得できたのもカセットテープがあったからである。
私は1975年~1987年カセットテープの商品企画を担当。千曲川工場ができてからは毎月工場に出張し、千曲川工場の技術の方々と商品化の検討を進めた。私は「聴感評価」を重要視した。技術の方々も私と同じ考え方だった。カセットテープも料理と同じ。”味”である。どんな音のテープを作るか。「世界最高の音」を求めてわれわれは切磋琢磨した。