2024年8月11日日曜日

千曲川支部納涼会②「世界のカセットTDK」の生産基地

 納涼会が開催される佐久グランドホテルの最寄駅である小海線の中込駅についたのは5:35分。開会の6時まで間がない。駅舎を出ると「やあ、畠山さん」と声をかけられた。畔上さんだった。35年ぶりなのにちっとも変っていない。畔上さんの先導で、6時10分前にホテルに無事到着した。畔上さんはSA,MAというヒット商品を開発した技術者だある。
千曲川工場ができたのは1969年、月産生産能力200万巻だった。(写真・右)この工場にはカセットテープづくりの職人が集結していた。当時の技術者の多くがこの地に住み着き、定年後の今でも年に数度集まり旧交を温めているのである。今回の納涼会の参加者は56名というから凄い。(写真・上)
カセットテープの生産工場は千曲川の後、米国カルフォルニア、ドイツ、ルクセンブルクに建設された。千曲川工場は基幹工場だった。
TDKのカセットテープは最盛期には年間売上700臆円を超えた。TDK全社の25%、利益では50%に達した。TDKカセットテープの世界シェアは30%~40%とトップ。「世界のカセットTDK」といわれた。TDKは世界陸上のゼッケンスポンサーを続けているが、この地位を獲得できたのもカセットテープがあったからである。
私は1975年~1987年カセットテープの商品企画を担当。千曲川工場ができてからは毎月工場に出張し、千曲川工場の技術の方々と商品化の検討を進めた。私は「聴感評価」を重要視した。技術の方々も私と同じ考え方だった。カセットテープも料理と同じ。”味”である。どんな音のテープを作るか。「世界最高の音」を求めてわれわれは切磋琢磨した。


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