2019年9月17日火曜日

敬老祝賀会/老後は教養(”今”日も”用”事がある)


昨日(16日)は刈谷行政区の敬老祝賀会。
 あいにく朝から大雨。8時~9時まで牛久シャトー・ミュージアムの掃除。終わってから会場(自治会館)にかけつける。入口で「畠山」と名前を書いた傘入れと下足れのビニール袋を渡された。参加者は75才以上の老人、しかも酔いがまわると、下足を捜すのも大変。事務方の用意周到に頭が下がる。
 刈谷行政区は5千名。75才以上は790名。今日の参加者は200名だという。
9時30分から開会。自治会長、市長、県議会議長のお祝いの挨拶が続き、ベテランズ会長の乾杯で祝賀会の幕が開いた。

1昨年、敬老会の案内が来た時は「オレに敬老とは失礼な!」と欠席したが、今年は素直に参加する気持ちになった。牛久市からの案内状に心を動かされた。
 ”敬老の日を迎えられ、心よりお喜び申しあげます。今日の平和で豊かな社会を築きあげてこられた皆様方に改めて感謝を申し上げます。皆様方がいつまでもご壮健で心豊かな人生を過ごされますよう祈念いたします。

ところで、刈谷行政区の場合、3年後75才以上が1,400名と今年と比較して40%になるという、今後は敬老会祝賀会の年齢を80才からにしようという案もでているという。賛成である!
 県議会議長の挨拶から・・・。老後は教育と教養。心は「”今”日も”行く”ところがある」「”今”日も”用”事がある」

2019年9月12日木曜日

ザルツブルグ音楽祭・4K生中継(下)「永遠の祈り」


ザルツブルグ(オーストリア)はモーツアルト(1756-1791)の生地。音楽祭はモーツアルトに因んだもので1920年スタート。今年が100年目に当たる。この記念すべき年、オランダ生まれのベルナルト・ハイティンク(1929生)がウィーン・フィルを指揮した。ハイティンクはオペラ「フィガロの結婚」を指揮して(1991)音楽祭に初登場。今回が1
4回目となる。
 演奏曲目はブルックナー(1824-1896)の交響曲第7番。演奏時間70分の大曲である。ブルックナーは作曲家であるとともにパイプオルガン奏者でもあった。同交響曲からは壮大なオーストリアの大自然とオルガンの響が聴こえる。記念すべきコンサートをTシャツ姿、ワインを飲みながら鑑賞す
る。鎌倉千秋アナウンサー、原沙知絵さん(俳優)、奥田佳道氏(音楽評論家)が現地の模様を伝える。ハイティンク&ウィーンフィルの演奏は壮大で美しく「永遠の祈り」を感じさせた。演奏終了後、沈黙が訪れた。
7月4Kテレビを購入したが、その威力を発揮できるような番組がなく、失望していたがザルツブルグ音楽祭の生中継がその渇きをいやしてくれた。なお、音楽番組の場合、画質が良くとも音が伴っていなと本当の感動を味わうことはできない・・・と、いう事を今回再確認した。4Kテレビには光デジタル音声出力が装備されていると思うので、それを外部オーディオ装置とつないで鑑賞すべきである。

2019年9月7日土曜日

ザルツブルグ音楽祭・4K生中継(上)ハイティンク語る。日本の聴衆は素晴らしい


8月31日(土)NHK・BS4Kでザルツブルグ音楽祭の最終日の公演が生中継された。この日の演奏曲目はブルックナーの交響曲第7番。指揮は引退宣言したハイティンク(90才)。オケはウィーンフィル。以下、当番組で放送されたイティンクのインタヴュー

 先ほどウィーンフィルから名誉団員の称号を贈られました。とても光栄です。これまで100回以上も共演したといわれて驚きました。時の経つのは早いものです。
(ザルツブルグ)音楽祭の思い出は学生のころまでさかのぼります。戦後まもなく聴いた演奏は忘れられません。フルトヴェングラー指揮ウィーンフィル、ブルックナー第8番でした。演奏会の後、その衝撃に浸りながら1時間以上も歩き回りました。カラヤンの第9にも感動しました。でも私はあの8番で魔法にかかったのです。
 ウィーンフィルは特別です。音色とその方向性がすばらしく大好きなんです。
引退の決心まで)長い道のりでした。まだ決心がつきません。指揮者仲間には年齢を重ねても活動を続けている人もいます。でも私は「彼は良い指揮者だったけれどもう年だね」とは言われたくないのです。最初は勉強のため休暇を取ると発表しました。お別れのパーティは感傷的で私には似合わないと思ったのです。もし曲目と場所が整えば可能性の扉は開けておきたいのです。ロンドンの王立音楽大学から1日だけ講師に招かれました。午前中にハイドンの交響曲第101番、午後はマーラーの1番です。もっと時間があれば良いのですが、今のところはこんな予定です。
初来日の思い出)1962年、私はとても若くオイゲン・ヨッフムが一緒でした。コンセルトヘボウ管弦楽団にとっても初来日で最高の演奏を聴かせたかった。よく覚えているのは街中に喫茶店がたくさんあったことです。おいしいコーヒーだけでなく美しい音楽が流れていて通りに響いていました。それが日本の思い出です。
 日本の聴衆は素晴らしい。他の音楽家も必ずそういいます。「ありがとう心から」これが私からの日本へのメッセージです。

2019年9月4日水曜日

家訓「修身斎家治国平天下」


村長だった祖父は「修身斎家治国平天下」という言葉を良く口にした。三十代以上続く畠山家の「家訓」である。実家(秋田)の大広間・床の間にはこの掛け軸がある。(左は牛久・畠山家所有。真言宗西明寺住職・加藤宥真氏揮毫)
 NHK”街道をゆく”プロジエクト「司馬遼太郎の風景」にこんな下りがある。
『日新館(会津藩)が教える朱子学は、儒(孔子)の教えの中でも、ひときわ身を律することにきびしい学問である。前に、四書五経の一つ「大学」を引いて、●其の国を治めんと欲する者は先ず其の家を斉(とと
の)う。と書いたが、朱子学はさらにそれを発展させ、●修身、斉家、治国、平天下。としている。天下を平(たいら)にして、国を治めるためには、家内をととのえ、その上にまだ、わが身を律して学を修めなければならないという。くりかえすことになるが、儒教とは、精神の高揚をひたすらうたった学問なのである。儒教は、学問、ないしは思想の類(たぐい)であって、政治の理想には寄与しても、生(なま)の政治の舞台では役に立たない。そういう意味において、容保(たかもり)”会津藩主・松平容保(写真)”は精神の潔癖な学者肌の人間だったといっていい』
 この下りを読んで、われわれ三兄弟を連想した。兄は農家の長男であるが、国会議員の弁士を務めるなど弁もたった。周囲からは政治家になるのではといわれたが、農業一筋で人生を終わろうとしている。自分はサラリーマンになったが「頑固で保守的だ」と評された、弟は教育者になった。容貌も含め一途なところは容保に似ている。
 明治維新は革命に近い国家的変革だった。西郷隆盛は徳川慶喜の首をはねるのが目標だったが、慶喜の方が役者が上だった。勝海舟に全権を与え江戸城を開城。その犠牲になったのが会津藩。会津藩は儒学の呪縛に拘束され「最後まで宗家(徳川)に忠義をつくす」。藩士だけでなく、婦女子までが弓・薙(なぎ)刀を持って戦い、武器をもたない女子どもは自害した。 
 乱世の時代の一途さは悲劇を生むこともある。

2019年8月23日金曜日

カセット文化をリードしたソニーとTDK


8月20日、「昭和40年男」(音楽モノ大全)が発売された。
「昭和40年男」というタイトルは”オタック”っぽい。この本のコンセプトは昭和40年(1965)生まれの男性の青春時代にスポットを当てたもので、彼らが胸をときめかせた映画、車、アイドル等にスポットを当てて編集されている。(隔月発行)2009年の創刊というから10年続いているわけで立派という他ない。
 「音楽モノ大全」を開くと、中心はラジカセ(&カセットテープ)とウォークマン。当時発売された各社のラジカセ、ウォークマンが写真入りで紹介されている。その編集の多彩さと緻密さに驚く。まさに”オタク”である。ここまで徹底すると、SNSでは得られない満足感がある。商品の開発者のインタヴュー記事も掲載されている。ラジカセではパイオニア、CDプレーヤではソニー、カセットテープでは光栄にも小生。
 当時を振り返ってみると、「昭和40年男」は家ではラジカセで、外ではウォークマンで音楽を楽しむという時代だった。それは現在のスマホに匹敵する。「カセット文化」ともいえる時代だった。当時、音楽の録音対象はCDと並んでFM放送だった。エアチェックという言葉が流行。FM番組誌が4種類も発行され、どれも数十万部の売り上げがあったというから驚く。
 TDKはFM東京で「TDKオリジナルコンサート」というクラシックのナマ収録番組を放送。「昭和40年男」に愛され、オジサンになった彼らは今でもそのライヴ音源を楽しんでいる。
 「カセット文化」をリードしたソニーは今年間売上8兆6千憶円、TDKは1兆3千憶円、両社とも日本を代表する優良国際企業として活躍している。

2019年8月20日火曜日

第40回刈谷(団地)ふるさとづくり盆踊り大会

 
16日(土)、17日(日)、私の住む刈谷団地の盆踊り大会が開催された。題して「第40回刈谷ふるさとづくり盆踊り大会」。
 私が東京(杉並)から牛久に転居したのは1973年(31才)。刈谷団地に転居したのは1980年(38才)。刈谷団地の盆踊り大会は私が転居する1年前にスタートしたことになる。刈谷は約2千世帯、住民5千名の大団地である。ほとんどが東京からの転居者。当初は子供達も沢山おり、盆踊りも賑やかだった。
 しかし、時代は変わった。子供達は成長して独立。子供や孫と同居している家族は減少した。お盆に子供や孫が遊びにきても、今はスマホ時代。各世代の楽しみ方もいろいろである。盆踊りに足を運ぶ家族は少なくなってきた。
 17日(日)、夕方になるとわが家にも祭り太鼓の音が響く。会場まで300メートル。わくわくしながら会場に向かう。八木節、ズンドコ節が流れ、幼少の頃を思いだす。昭和初期は娯楽が少なく、故郷秋田の村では盆踊が最大のイベントだった。
 牛久音頭がはじまり、盆踊りは最高潮!だが、やはり参加者が少ない。取り巻きの観衆も含めて200名くらいだろうか・・・。つまり住民の1割弱である。2日間通しても2割までいかないのではないだろうか・・・。
 盆踊り大会の準備は大変である。櫓(やぐら)を組み、和太鼓グループ、民謡歌手、来賓との交渉、抽選会、踊り手の手配、等々・・・。(100万以上の費用がかかっているという)
 費用対効果を考えると黄信号ではあるが、住民同士のナマの触れ合いは大事である。その核となるイベントが盆踊り大会である。役員の方々には今後も頑張って欲しい!

2019年8月17日土曜日

オペラ「ローエングリン」

お盆休み、孫(中学一年)が宿題持参で来宅。冷房の効いた一階のリビングは孫に開放。小生は2階の冷房付の自室で久しぶりにオペラDVDを鑑賞した。演目はワーグナー作曲「ローエングリン」。2006年バーデンバーデン祝祭歌劇場ライヴ収録。
 DVDを再生すると、神秘的な序曲がはじまる。
ケント・ナガノ(指揮者)談ー歌劇の序曲の中でも有数の名曲です。第1に美しさ。雰囲気を描出する独特の手法で作品中の多くが紹介されます。技術的に難しいのは単に雰囲気のある空気感を出すことではなく、”無から生まれるような響き”です。紗(しゃ)のかかった遠い響を維持するために弦は高音を弾き続けます。
ニコラウス・レーンホフ(演出)談ー前奏曲では一条の光の中にエルザが見えてきます。架空の道を通り前方へ歩いてきますが(写真)これはギリシャ悲劇の精神に基づいております。
ソルヴェイグ・クリンゲルボルン(ソプラノーブラバンドのエルザ姫)談ー題名はロエングリン(聖杯王パルジファルの息子)ですがドラマの中心はエルザです。出ずっぱりなんです。第2幕の最初の10分休むだけです。(上演時間206分)水も飲めなし、トイレにも行けない。ただ、ズーッと舞台に居ますから流れには乗りやすい。私たち歌手はチェスの駒です。それぞれ違う役柄です。正義の味方もいますし、悪役もいます。レーンホフは各駒を全体の構図に収めるのです。動きが50cmズレても怒声が飛んできます。われわれ歌手は彼が描く絵を想定し、様々な絵を見せながら彼の要求に応え、しかも自分の個性を役に反映させていきます。
「ローエングリン」凄かったです。行き詰るドラマでした。エルザを演じたクリンゲルボルンではありませんが、水を飲むのもトイレにい行くのも忘れてしまいました。
「おじいさん、宿題できたよ」という孫の声で吾にかえりました。