2020年3月26日木曜日

コロナと闘う音楽業界実力者


「なに〇千万円の損失だって!甘えるな!コロナなのせいにするな!赤字は悪だ!」トップの罵声が飛んだ。その罵声を浴びたAさんとホテル隣接のレストランでお目にかかった。うな垂れて現れるかと思ったら、「やあ!」と笑顔。「公演はコロナの影響でキャンセルに次ぐキャンセル・・・。今日もイタリアから来日するメンバーが来日不能
となり、5月の公演もキャンセル。でもなあ部下の手前、萎れてはいられません」。間もなくBさん登場。「やあ、Aさん、新聞で見ました。〇千万の損失ですって、大変だね」
 2人は音楽業界の実力者である。昨年春、小生、この実力者に「Tプロジェクト」を提案。2回目の会合である。「Tプロジェクト」がスタートできるかどうか、という矢先のコロナ騒ぎである。が、コロナ転じて「Tプロジェクト」
が本格的にスタートすることになった。「コロナの損失を挽回するため、日本の音楽業界のためにもやりましょう」「やあ、実は隠し玉がいろいろあるんですよ」
 夕方になり、ネオン街へ。昔も今もネオン街はビジネスの社交場である。年金生活のボケ老人が現役の実力者と音楽談義を交わしながら、料亭料理をご馳走になる。夢のようである。二次会に流れた2人と別れ、帰途に着く。
 久々の深夜の帰宅。テレビを着けると小池都知事が「感染爆発の重大局面!」記者会見。
(写真上から、上野公園、実力者にご馳走になる、ネオン街の灯は消えない)

2020年3月24日火曜日

最後の運転免許更新?


22日(日)、自動車教習所に行き、高齢者講習を受講した。運転免許を書き換えるためには高齢者講習を受講し、終了証明書をもらわなくてはならない。
教習所へ行くと、コロナ騒ぎなどウソのように若い学生で一杯である。教官の話によると、今日が春休みの日曜日で、運転免許を取得する学生で一番混雑するのだそうだ。
 講習は学科と実技である。学科の方では記憶力テストと視力テストが厳しい結果だった。最近、人の名前が覚えられなくて困っているがテストでも裏付けされた。視力も0,7ということで、これ以上悪くなると眼鏡をかける必要があるという。
 実技はS字、車庫入れなどうまくいったと思う。講評は、テレビモニターに映っている私の運転状況を見ながら行われた。「なんの問題もありません」とのコメント。私はモニター画面の鮮明さに驚いた。カメラはソニー製で大きさは親指ほど。講習の結果、無事終了証明書を受領。
 次の免許更新は3年後、この時は81才になる。これが最後の免許更新になるかもしれない。受講生の最高齢者は91才。小股で歩行もままならない。車の運転をさせて大丈夫かなとも思ったが、このような老人こそ車は必需ともいえる。世の中難しい。
 この日、大相撲春場所千秋楽。横綱・白鵬が鶴竜を破って優勝した。無観客という前代未聞の状況の中で15日間、力士達は日々闘志溢れる取り組みを展開した。敬意を表したい。
 遡ること13日(土)、シルバーセンターの事務局から電話があった。「コロナ騒ぎがあり、皆さんご高齢ということで、掃除のバイトはキャンセルになりました」とのこと。コロナ騒ぎに名を借りた首切りだと思った。社会勉強を兼ねてやっていた小生はいいが、Aさんはきついだろうなあ。「月の年金5万で暮らしてるのよ。要領のいい生活保護者は車に乗っているのに・・・ね」。Aさんに新しい仕事がみつかるよう祈る。

2020年3月15日日曜日

新型コロナ感染ゼロ/茨城県(3・15現在)


新型コロナの影響は私の人生でも想定外である。
国家の一大事である。
今年はオリンピックの年、国民が一丸となってこの大イベントを成功させなければならい。それを目前にして国民一丸になってウィルスと対峙するという状況になった。
 幸い、私の住む茨城県は感染者ゼロ(3・15現在)である。観光人気度、住みやすさ等のライキングで常に最下位に沈む茨城。空気はきれいなのかもしれない。そういえば常磐線は新幹線も走っていない。
その茨城在住の今月78才を迎える年金生活者の私にもコロナの影響は容赦なく襲いかかる。年初24,000だった株価が17,000まで下落。ベテランズ(老人)クラブの活動中止、自治会館閉鎖(写真・上)掃除のバイト中止、パソコンクラブ例会中止・・・。同僚の爺さん、婆さん達の顔が見れなくなった。
 この機会を利用して、体のメンテナンスをすることにした。歯、眼、〇〇〇と積りつもった不具合点を点検、コロナ対策ではないが、危険ピークを低く抑え、なだらかにする方策である。後は積どくだったCD、DVDを視聴し、整理する・・・。
こんな事態になって良かったと思うのはパソコン、スマホによるSNSである。人と会わなくても、情報はいくらでも検索できるし、買い物もできる。
 運動の方だが、グランドゴルフは中止になってない。マスクをして爺さん、婆さんとプレーを楽しんでいる。牛久周辺は自然が豊かで散歩も楽しい。(写真・下)
 全くのローカル情報だが牛久駅の一つ東京寄りの駅名が14日付けで「佐貫」から「龍ヶ崎市」に変わった。改名にかかった費用は4億円だという。

2020年3月8日日曜日

クラシック音楽愛好会・ゲバントハウス、新会場でスタート!


クラシック音楽愛好会、NPO法人・龍ヶ崎ゲヴァントハウスの新会場でのコンサートが昨日(7日)行われた。新型コロナウィルスの影響が心配されたが、20名の方々(メンバー+一般客)が参加した。
 旧会場(写真・上)と比較すると新会場は座席数も少なく、オーディオ装置も小ぶりになった。(写真・中)、旧会
場の音はコンサートホールの音の再生を目指した、いわゆるホールトーンだったが、新会場の装置は家庭で聴くオーディオルームの音の延長である。小型スピーカであり、低音部の再生が心配だったが、小澤征爾指揮ベルリンフィル(1989)によるベートーベン交響曲第2番も堂々と再生。会場から拍手が沸き起こった。スピーカーはメンバーである豊嶋さんが持ち込んだ「ロジャース」だが、豊嶋さんもその鳴りっぷりの
良さに驚いた様子。小型スピーカーも広い会場で再生すると伸びのびと鳴る。陰にはオーディオ担当、石井さんのフォローがあった。
 解説を担当した羽村さんの蘊蓄(うんちく)ぶりには驚く。50年以上前から国内外で行われ主要コンサートの全てに足を運んだという。昨日も1969年、小澤征爾がトロント交響楽団を率いて来日した時のプログラムを披露。(写真・下)小澤征爾34才。プログラミング担当の中川さんにはいつもながら脱帽!
 龍ケ崎は小生の住む牛久市の隣町。私は牛久の前は西荻窪のマンションに住んでいた。昔の友人に「畠山さん、なんで牛久に引越ししたの?」と聞かれることがある。後付けであるが「隣町にゲヴァントハウスがあるから・・・」と答えることになりそうである。

2020年3月1日日曜日

鷹農は永遠!④同期生、木村矩子さん逝く

(小生の母校、秋田県立鷹巣農林高校は2010年、統合により閉校。卒業生の一人として母校を語り継ぐ・・・)

 
1月、鎌倉在住の見知らぬ女性の方から「寒中見舞い」のハガキをいただいた。「昨年7月、母山谷矩子は他界いたしました」とあった。山谷矩子さんこと、木村矩子さんは、鷹農時代の同期生である。私は林業科、矩子さんは普通科だったが、2人とも文芸部に所属し、卒業後も毎年、年賀状の交換をしていた。
 平成22年、古希を記念して作った文集に寄せられた矩子さんの文集をたどる。
 「高校を卒業して就職しようと思っても産業のない田舎町のこと、なかなか思うような仕事につくことができなかった。その頃祖父が痴呆になり寝たきりになった。東北の凍てつく寒さの中、布おむつの洗濯、乾燥が思うようにいかず苛立った。母は嫁の義務としてもくもくと介護に当たっていた」「28才の時、縁あって結婚。上京した。夫の稼いでくる給料の半分は家賃に消える。働くことを決意。東京都の採用試験に挑戦。保育士、社会福祉士として働く。その後、家庭復帰支援員、ひとり親就労支援専門員になる。母子家庭の母は、子が施設に入っている間に『女に変身』してしまうことがある。これが虐待に結びついていく・・・」「T市で親子相談員をしていた頃、夫がガンに侵された。夫を介護しながら相談の仕事をする重圧に押しつぶされそうになった。どうにか頑張れたのは、小さい時からの貧乏暮らしで耐えた精神力と多くの方々の協力のお陰である」
 介護、福祉に捧げた人生だった。安らかにお眠り下さい。
(写真、鷹農・文芸部。2列目、左から2人目が矩子さん)