2021年4月29日木曜日

爪跡を残せ!渋谷先輩逝く

 
 4月12日、渋谷敏則さん(89才)が亡くなられた。
古いアルバムを見たら、渋谷敏則さんと、一緒の写真がでてきた。
TDKタイムズ・平沢工場編集委員の写真である。(1962・昭37)
前列左端、伊藤公男・総務部長、その隣が渋谷敏則・品質管理課長、後列・左端が小生。新入社員で19才だった。
TDKタイムズは平沢工場が発祥の地だった。(1958・昭33、タイムズは本社統合版となる)私は1963・昭38、本社に転勤になり、5年間、統合版の編集を担当する。

 渋谷敏則さん、1931・昭6、秋田県由利郡生まれ。1953・昭28、秋田大学鉱山学部電機科卒業。TDK株式会社平沢工場入社 1974・昭49 TDKブラジル社長 1991・平3 TDK退社。1992・平4「TDKの社是・社訓とともに歩んだ人々と小松正一氏の生涯」出版。(写真)
 小松正一さん、1919・大8、秋田県由利本荘市生まれ。1933・昭8、同市石沢尋常高等小学校卒。1937・昭12、TDK第1期生として蒲田工場入社。東京工大に通い、フェライトの研究を行う。平沢・市川事業部長、TDK台湾社長。TDK取締役。

渋谷さん、小松さんの共通点は秋田生まれ。お2人ともTDKの社是である「創造によって世界の文化産業に貢献する」の伝承に尽された。(TDKを創立したのは秋田出身の斎藤憲三さん)
 ブラジルの初代社長になられた渋谷さん、台湾の初代社長になられた小松さんはその地でいかにTDK精神を浸透させるかに尽力された。渋谷さんは社是・社訓とともに小松さんの言葉である「爪跡を残せ」「物の勝負」を大切にされていた。



2021年4月18日日曜日

コロナ下、老人クラブ総会実施!

 

         (事業報告をする小生)

 各団体の総会シーズンである。
コロナ下、多くの団体が総会を会議形式ではなく、書面形式に切り替えた。
私が住む刈谷自治会の総会も早々に書面形式をうちだした。
わが刈谷ベテランズクラブは会議形式で行く方針にした。
この1年、コロナ禍で5ヶ月も自治会館が使用できず、定例会が中止になった。バス旅行、忘年会、新年会も中止。その上、総会までも書面審議になったら、”コロナに完敗”である。
今年度、副会長職を辞任する小生としても立つ瀬がない。
幸い、茨城県はコロナが沈静下しており、4月15日(木)木曜日、無事総会を開催することができた。
前日の雨も止み、当日は日本晴れ。会員総数84名のうち、57名が出席。
総会の審議事項が終了した後も会員から質問や意見が相次ぎ、充実した総会となった。
        


2021年4月12日月曜日

松山、米国マスコミも絶賛!賞金は2億2千7百万

 
まさか、マスターズゴルフで日本人が優勝するのをテレビで見れるとは思わなかった。
3日目のプレーはまさに芸術的でしたね。500ヤードのミドル、2打でピン側にピタリ、
バーディやイーグルを連発。ゴルフをしない方から見たら、ゴルフって簡単なんだと思ったろう。最終日は逆にゴルフの怖さを見せつけた。完璧なショットを打っていた松山が池ポチャ。
それでも大崩れせず、優勝できたのは立派。
アメリカのマスコミも大絶賛!どれくらいの偉業かは、米国紙の見出しが語っている。
やあ、今朝は4時前から早起きしたかいがありました。









2021年4月10日土曜日

酒も音楽も求めるのは至高の”純”


  7日(水)、外出先から帰ると、玄関に包みがあった。
家内が外出する時に受けとったらしい。包の形状から日本酒ではないかと思った。送り先をみると、高校の後輩の名前。悪いことをしたな・・・と思う。
 昨年、彼とゴルフをした時、酒の話をした。
 秋田の酒といえば、両関、爛漫、高清水、大平山、由利政宗、飛良泉と秋田市か県南に集中している。北秋田の酒は聞いたことがない・・・というような話をしたような気がする。
 

その時「先輩、北秋田にだって、美味しい酒ありますよ」と彼がいった。
 包を開けると、「北秋田」という一升瓶が2本入っていた。
 日本酒はなんといっても一升瓶である。そして、デザイン。「北秋田」なかなかいい顔をしている。酒造メーカーは北鹿(ほくしか)とある。
 北鹿酒造は秋田の県北に位置している北秋田郡と鹿角郡の酒屋さんが合併してできたのだという。本社は秋田犬で有名な大館市。
 同地は十和田、八幡平、白神山地を有する山紫水明の地。秋田米の旨味を生かすのが特徴だという。冷やしていただいてみると、雑味がない。”純”である。冷もいいが、真冬にキリタンポをいただきながら、飲む熱燗は最高だろう・・・と、想像した。
 昨日、マーラーの交響曲第9番をアバド指揮ベルリン・フィルで聴いた。
 

次元の違う感銘を受けた。死をテーマにした曲だというが、終楽章の消え入るような静寂を聴いたら、天空に浮いたような幸福感に包まれた。
 日本酒の味も音楽もいかに雑味、喧噪からとき離れることができるか、”純”になれるかではないかと感じた。

 座禅を組み、無我の境地に入るのと似ている。

2021年4月4日日曜日

令和カセット物語⑤ご縁は続く


 カセットでTDKの最大のライバルは日立マクセルだった。
あの引き締まったUDの音は、今でも忘れない。
UDシリーズ(写真・UD2)の商品化に尽力された工野正樹さんとは今でもお付き合いいただいている。工野さんは令和2年、~田無と飯能ですれ違った2つの旧幕府方武装集団とその後~を編

纂した「振武軍と御抱組」を自費出版された。
元・日本記録メディア工業会常務理事・木村恭平さん(日立マクセル出身)からは毎月、日本の歴史、文化をテーマにした研究レポートをいただく(写真は工野さんの著書と木村さんのレポート)
定年後のお二人の生き方に日立マンの気概を感じる。その気概がUDサウンドの基だと感る。(日立マクセルさんは今でも記録メディア事業を継続している。)
3月24日、夜8時、電話のベルが鳴る。今頃誰だろう。「ニューヨークの佐藤です」とのこと。TDK退職後、コロムビア大学に行き、ジャーナリストになった佐藤則男さんだった。昔話になった。「TDKに入社したら津積部長に畠山君のところへ行ってカセットの勉強をしてこいといわれました」その後、彼はニューヨークに転勤になり、カセットテープのビジネスに携わった。

4月2日、下関にいる舩越幸廣さんから立派な孟宗竹のタケノコが送られてきた。彼はカセットテープ時代の私の部下だった。個性派そろいの中で、一番誠実な部下だった。タケノコはサクサクという音とともに春の香りがした。
夕べ、オーディオ評論家・斎藤宏嗣先生にお目にかかった。カセットの音質評価でお世話になった。NHKの「プロジェクトⅩ」にも出ていただいた。さて、どこにご案内しようかと迷った。お金はあるかな?カードがあった。OBの私の接待費を会社が払ってくれるだろか?などと馬鹿なことを考えていたら、夢が覚めた。斎藤先生は2年前にお亡くなりになった。