2013年5月31日金曜日

「ナブッコ」他、連日のコンサート

(正装した紳士淑女で賑わう、新国立劇場のロビー)
元・大手広告代理店モスクワ支店長I氏からの誘いで、28日、ソビエトの新人ピアニスト、ニコライ・トカレフのピアノリサイタルに行く予定をしていた。そこへ、新潟の楽友Iさんから電話である。「体調が悪いので29日ヴェルディ”ナブッコ”に行ってくれ。切符は速達で送る」とのこと。

ということで28日、29日のスケジュールは過密なものになった。

28日 10:30 銀座でN氏と会い情報交換。 12:00 東京・八重洲ホテルで社友会総会。15:00 東京文化会館・資料室でヴェルディ「ナブッコ」のLDを観る。(予習) 19:00 東京文化会館・小ホールでトカレフ・ピアノリサイタル (パワーとテクニックには驚いた。ドイツ物はテクニック先行のきらいがあったが、後半のロシア物は心技体のバランスがとれて良かった。I氏にワインをご馳走になる)

29日 12:00 自宅をでて東京・初台にある新国立劇場に向かう。同劇場に行くのは実に9年ぶりである。(2004年、準・メルクル指揮でワーグナーの指輪を観た。) 13:40 新国立劇場到着。平日の昼というのに着飾った紳士淑女が多く、ここは別世界。席に着くと、開演前から幕が開いていた。「ナブッコ」は紀元前6~7世紀に実在したバビロニアの王なのだが、舞台は現在のショッピングセンター。エレベーターも付いている。演出はともかく、歌手陣も充実しており、熱気溢れる舞台だった。楽友Iさんに感謝。 15:30 オペラの休憩時間に新国立劇場を後にして牛久へ。 17:00 地元有志(3月、一緒にシンガポールに旅した仲間等)による、飲み会に参加。飲み会は16:00からはじまっていたのだった。

2日続けての東京行きとなったが、体調は快調。身心とも刺激があった方が良いようである。


          

2013年5月28日火曜日

アベノミクス、稀勢の里、足踏み状態

 
26日(日)、郷土・牛久市出身の稀勢の里、琴奨菊に完敗。13勝2敗。優勝、綱取りとも足踏み状態。真っ向勝負は良いが負けっぷりもあっけない。彼、綱に届くかな?

 そういえば23日(木)はいろいろあった。まずアベノミクスで急騰した株価が千円以上暴落した。これを期に安倍内閣には、成長戦略を明確にすると同時に、財政再建策も明確にして欲しい。
 登山家の三浦雄一郎が80歳という最高齢でエベレストを征服した。高齢者に勇気を与えてくれた。
 自分はといえば、この日、茨城のザ・ロイヤルカントリーで高校時代の同期生とゴルフコンペ。54、49トータル103で回り、準優勝。久しぶりにキャディー付のゴルフで贅沢な気分。グランドゴルフで鍛えたパットの腕がゴルフでも生きた。

 遡って14日(火)も特別な日だった。
 1975年来日、ムーティ指揮・ウィーンフィルのコンサートがCD化されたのを記念して、関係者による食事会を開催した。サントリーホール・エグゼクティブプロデューサーの真鍋圭子さん、元・日本グラモフォンの乙黒正昭さん、元・大阪国際フェスエバル協会の中山実さん、キングインターナショナルの大川健さん、アルトゥス代表・斎藤啓介さんが集合。実に楽しい会だった。
 元気でいると70歳を過ぎても楽しいことがあるものだ・・・。

2013年5月16日木曜日

75ムーティ・ウィーンフィル来日。驚嘆!「鮮世界」

 
1975年ウィーンフィル来日公演といえば、クラシックファンにとって、伝説の公演であり、珠玉の思い出である。
 それは何故かというと、指揮界の帝王、ヘルベルト・フォン・カラヤンと人気を2分するカール・ベーム(当時80才)が同行したからである。この公演のチケットを購入するためには郵便ハガキで申込みを行い抽選するという方式を採用したが、主催者側のNHKに17万通のハガキが殺到したというから驚く。
 ベーム・ウィ―ンフィルは期待にたがわぬ名演奏を繰り広げ、その模様はDVD、CDで発売されベストセラーになっている。

 ところで、この時、もう一人の指揮者が同行していた。リッカルド・ムーティである。
今や巨匠の域にあるムーティだが、この時ムーティは弱冠34歳。イタリアが生んだ期待の若手指揮者だった。
 この時、ムーティがウィーンフィルを指揮した公演のCDが今月20日、発売されることになった。巨匠ベームに対し、ムーティはどんな演奏をしていたのであろう。幸運にもサンプルCDが手に入った。
 収録されていたのは1975年4月3日、NHKホール。プログラムの後半、ドボルザークの「新世界」を聴く。音が出た瞬間、驚く。なんと解放的な音なのだろう。そして新鮮なのだろう。38年前の収録とはとても思えない。確かに最近のデジタル録音と違って、わずかにヒスノイズも聴こえる。ただし、音の鮮度、解放感はただごとではない。NHKホール2階席最前列で聴いているような生ナマしさである。
 演奏の方もこれと呼応するように小細工をせず、情熱的。手垢に塗れた「新世界」が新鮮に聴こえる。そして、なによりもウィーンフィルの底知れない名人芸が郷愁の旋律を豊かに謳う。
 アンコールのヴェルディ「運命の力」序曲は火を吹くような凄演!

 解説書の最期。光栄なことにSpecial thanks to:としてウィーンフィルとともに、小生の名前が記されていた。冥途の土産である。


2013年5月7日火曜日

ウィーンからきた”天使の声”。音楽に国境はない

 
6日、牛久市中央生涯学習センターでウィーン少年合唱団のコンサートが行なわれた。

 私がウィーン少年合唱団の存在を知ったのは高校時代(55年前)公開された映画「野ばら」である。ハンガリー動乱でオーストリアに逃れてきた少年トニーが合唱団に入団するまでの心温まる物語だった。トニーを演じたミヒャエル・アンデの愛くるしい顔が瞼に浮かぶ。

 牛久に登場した、「ウィーン少年合唱団」(24名)の顔ぶれを見て驚いた。合唱団には白人もいれば黒人もいる。日本人も2人いる。指揮者はなんと韓国人の女性、ボミ・キムである。

 1498年、ローマ帝国の皇帝はウィーンの王宮礼拝堂の聖歌隊を創設した。その中に6人の変声期前の少年聖歌隊があり、これがウィーン少年合唱団の原点となった。それから515年、合唱団員の顔ぶれは人種を超え、国境を越えた。合唱団の音楽的水準を維持し、高めるために、果敢にグローバル化を進めてきたのである。そういえば、日曜・祭日のミサで共演するウィーンフィルハーモニーの前音楽監督は小澤征爾だった。今年開催されるザルツブルグ音楽祭にはNHK交響楽団が初登場する。
 ヨーロッパの小国オーストリアは音楽において、世界をリードしているのである。ウィーン少年合唱団の「天使の声」も同国の大人達のロマン(世界戦略)に支えられているのである。

 牛久公演のプログラムも全世界の名曲を網羅している。
 ヨーロッパの宗教音楽にはじまり、アフリカ、インド等の世界の祈りの歌、流浪の民などのドイツの歌、そして日本の歌三曲。最後はウィーンの名曲、シュトラウスで締めくくる。
 特に天使の声によって歌われた「花は咲く」「故郷」「ソーラン節」は会場を埋め尽くした聴衆に深い感銘を与えた。”音楽に国境はない”ということを再認識させた。



2013年5月5日日曜日

日本の伝統継承。弟宅の初節句

 神奈川県・山北在住の弟から初孫(男子)の初節句を行なうので来て欲しいという招待を受けた。

 4日、当日である。晴天。

 家内と朝7時牛久発の電車に乗る。東海道線・国府津駅で御殿場線に乗り換え、山北の弟宅に着いたのは10時30分。秋田杉をふんだんに使用した数寄屋造りの自宅の庭に鯉のぼりがはためいていた。家に入ると、奥座敷に真新しい武者人形が鎮座している。
 これぞ、日本伝統の初節句であろうと思った。

 11時、親戚の方々も集まり、宴会がはじまる。
 
男衆が上座に座る。宴会終わり近く、女性陣が方付けに入る。男衆はそのまま上座に陣取って、飲み続ける。この光景、少年時代、秋田の実家で見た宴会の光景である。
 これを再現できる弟の器量に脱帽!

 帰りは笠間市在住の義弟が運転するベンツに乗って帰館した。

 サラリーマン人生、そして年金生活の小生にとって、なんとも贅沢な一日だった。