2011年4月25日月曜日

被災地(神栖市)支援旅行

          (鹿島神宮。大鳥居は倒れた)

      (カシマサッカースタジアム)



 震災前(2月)に計画した旅行だった。



場所は茨城県神栖市。4月21日、鹿島アントラーズスタジアム、鹿島神宮を見て一泊。22日は利根川の中洲にあるゴルフ場でゴルフをするというプラン。

そこへ東日本大震災である。鹿島工業地帯は甚大な被害を受けた。普通であれば、このプランは中止である。


 しかし、観光を仕事にされている方々もいらっしゃる。営業されているのであれば、計画通り実行した方が被災地の支援にもなる。


 サッカースタジアムは工事中のため、スタジアムの中には入れなかったが、ミュージアムでアントラーズの戦績を振り返ることができた。鹿島神宮は鳥居が倒れているとはいえ、深閑とした杜には圧倒される。一番驚いたのはホテル。超満員である。全国から復興工事を行う作業員が集まっているためだ。


 さすがにゴルフ場は閑散。利根川河口から約15キロの中洲にある、このゴルフ場、津波がきたら、危ない。従業員の女性に大丈夫でうか?と聞いたら「わかりません」と笑っていた。

 自己責任ということである。



 ホテルでは夜中にエレベーターが止まるという余震に見舞われたが、後は至極順調に事が運び、忘れがたい旅行になった。

2011年4月19日火曜日

思い出のチケット②サウンド・オブ・ミュージック等


 映画「サウンド・オブ・ミュージック」のチケットなんて珍しくもなんともない。

ところが、値段をみて驚いた。¥400である。

 この映画、1965年度のアカデミー賞を受賞している。

 兄からの手紙を見ると、1965年(昭和40年)11月上京。

 上京の目的は兄がコーチをしている秋田の中学校の卓球部が全国大会に出場するのに同行したとある。その時に今は亡き岩城宏之指揮するNHK交響楽団の「春の祭典」を聴き、「サウンド・オブ・ミュージック」を私と観たとある。


 その頃は上野、秋田間は寝台急行「羽黒号」が走っていた。秋田を夜の9時頃出発すると、翌朝6時過ぎに上野に着いた。

 東京タワーが珍しい頃だった。

 1枚の映画のチケットから、色んなことが連想される。

 それにしても、この頃は素晴らしい映画が次々と登場した。

 「ウェストサイド物語」「ベン・ハー」「アラビアのロレンス」・・・。

2011年4月14日木曜日

思い出のチケット①(キャンディーズ等)




 父の13回忌記念誌、作成に当たって、自分自身の歴史も再度整理してみた。

貴重なチケットがでてきた。

 まずは、1978年4月4日、「キャンディーズの解散コンサート」場所は後楽園。5万5千人が詰め掛けた。確か、17時ころからの開演だったように記憶している。

 小生、36歳。普通のサラリーマンがこのチケットを購入するのは至難の業。

 このチケット、招待券だった。

 ある出版社の編集長とでかけた。彼女達の熱烈なファンというわけではないが、「春一番」良かったですね。このコンサート、4時間かかった。われわれは途中で退散し、美味しいお酒を楽しんだ。

 もう一枚はマイケル・ジャクソンの2回目の来日コンサート。

 これもファンの方には叱られそうだが招待券。1987年9月25日。横浜スタジアム。さすが格好よかった。この時のツアーは9月12日~10月12日まで一ヶ月にわたって行われた。場所は後楽園、西宮球場、横浜スタジアム、大阪球場。これだけの大会場をほぼ一ヶ月にわたって満席にできるスーパースター、後にも先にもは彼しかいないのではないだろうか。


 

2011年4月3日日曜日

実家(秋田)へ取材旅行

       (鶴岡市・三井家のお雛様)
     (トンネルを過ぎると、雪国。越後湯沢附近)

 3月27日(土)~3月29日(火)秋田の実家へ行った。

目的は父の13回忌・記念誌の取材である。神奈川県・山北の弟も同行。

 秋田新幹線も東北自動車道も震災のため、通っていない。

 上越新幹線で新潟まで行き、羽越線に乗換えて秋田へ向かうことにした。

 東京9:12発の「とき」に乗車。ノンストップで新潟へ。10:49新潟着。

 新潟で特急「いなほ」に乗換え12:47分、鶴岡着。ここで藤沢周平記念館等見学。駅前のホテルで風呂に入り、17:41分発の「いなほ」に乗車。18:54分、目的地の羽後本荘駅到着。

 ルートインホテルにチェックインしてから、弟が贔屓にしている寿司店「大松」へ。

 28日は終日、母(93歳)や兄夫婦に取材。16時~「大松」出前の料理で大宴会。21時ホテルへ帰還。

 29日、本荘駅前の珈琲店「薫」で自家焙煎のモカを賞味。9:24発の特急に乗車。

 12:51新潟着。万代橋口に下車。弟推薦のそば店で「へぎそば」を食べる。冷たいそばのツルンとした感触が五臓六腑に染み渡る。6時前に牛久の自宅着。

 取材とはいえ、東日本大震災の時期の旅行。

 うしろめたさもあり、1万円、義捐金を振り込む。