2019年11月24日日曜日

切手の無い絵葉書とどく

市川市に住む友人Aさんから素敵な絵葉書が届いた。普通に考えれば、絵の素材になりにくい東京外環道の絵葉書である。
この絵葉書を見て、現役の頃を思いだした。
銀座で飲んだ帰り、タクシーに乗って高速を利用して帰宅した。
営業の責任者だったAさんもそうだった。高度経済成長の真っただ中だった。

それはそうとして、宛名面を見ると、切手が貼ってない。
貼ってある切手がはがれたのであれば、消印の一角が欠けているはずである。
しかし、真ん丸だ。
Aさん、70代後半、さてはボケて切手を貼り忘れたのだろうか?
郵便局のホーム頁をみると「料金不足の場合は差出人に戻る。万が一受取人のもとに届いた時は、受取人に請求」とある。
差出人を見ると「市川市・A」としか書いてない。
市川の郵便局は差出人に請求しようにもできなかったのかも。
牛久の郵便局は切手を貼ってないのを見落としたのかもしれない。
分っていたが自局の責任ではないということで、配達したのかもしれない。たかが、63円の切手の話だが、楽しいミニドラマが浮かんできた。

いずれにしろハガキが届いてよかった。Aさん、そして郵便局の皆さんありがとう。

2019年11月15日金曜日

キッシンジャーにインタビューした佐藤則男さん


You Tubeに「キッシンジャー、佐藤則男」と入力すると、キッシンジャーにインタビューする佐藤則男さんの映像を見ることができる。(写真・上、中)
キッシンジャー(1923生)とは1971年、ニクソン大統領の密使として、当時中ソ対立でソ連と緊張関係にあった中華人民共和国を極秘に2度訪問。周恩来と直接会談を行い、米中和
解への道筋をつけた大統領補佐官である。
 そのキッシンジャーにニューヨーク在住のジャーナリストである佐藤則男さんがインタビューした。1988年のことである。1時間の予定だったがキッシンジャーは佐藤さんに「もっと続けよう。君はベストインタヴュアー」だといい、1時間40分におよんだという。
佐藤則男さん、コロムビア大学ビジネススクール卒。ジャー
ナリストとして独立する前はTDKに勤務していた。1976年、小生、初の海外出張の時、アテンドしてくれたのが佐藤則男さんだった。出張の目的は新開発のSAカセットのプレゼンテーション。ニューヨーク、ボストン、ワシントン、シカゴ、クリーヴランド、サンフランシスコ、ロスアンゼルスのオーディオ店を佐藤さんと一緒に廻った。ニューヨークではオーディオ誌、オーディオ評論家ともデイスカッションした。どこでも大きな反響を呼んだ。商品が良かったのは勿論だが、佐藤さんの語学力でお様達を圧倒した。畠山34才、佐藤さんは後輩だった。2人は若かった。(写真下。佐藤さん、右端小生)
 当時、佐藤さんがキッシンジャーにインタヴューするような著名ジャーナリストになるとは夢にも思わなかった。

2019年11月8日金曜日

富士シニアゴルフ&大腸内視鏡

今日(8日)隣町にある江戸崎カントリーで開催されている「富士フィルムシニアチャンピオンシップ(ゴルフ)」にでかけた。
 入場料¥1000。10月に行われ、タイガーウッズが出場したZOZOオープンは¥12,000だったからエライ違い。優勝賞金もシニアは¥1,400万に対し、ZOZOオープンは約2億円だった。
 1番スタート、パー5で各選手のドライバーショットを真後から見る。シニアとはいえ打球は早い。ウッカリすると球を見失ってしまう。尾崎健夫(65)、水巻善典(61)、渡辺司(62)、室田淳(64)、川岸良兼(52)、倉本昌弘(64)、尾崎直道(63)と懐かしい選手が次々登場。予選初日トップの深堀圭一郎(51)の時は「深堀さん優勝して~!」の声援が飛んだ。
 選手達のクラブ、ゴルフバックはいずれもピカピカ、ズボンにはキッチリと折り目が入り、靴も真新しい。プロとなればやはり役者である。競技は3日間、明日の決勝ラウンドはテレビ中継される。土産付き(写真)富士フィルムさんありがとう。
4日、大腸の内視鏡検査を受けた。検査は2時からなのに、9時には受付を済ませるようにとある。9時から14時までの5時間、なにをやるのだろうと思った。9時受付を済ませると血圧検査。「血圧高いですね」と看護婦さん、150代のようだ。ベットで休んで下さい。小一時間休憩してから再検査。「まだ高いですけど148ですから進めましょう」とのこと。ホッとした。それからが大変だった。下剤による前処理。下剤と水を交互に飲む。3時間以上かかって2リットル飲む。拷問である。やっと便がオシッコのようになる。内視鏡の検査結果は「憩室があるが問題ない」とうことだった。下腹部の膨れが気になっていたが、これは腸壁ヘルニアで、悪性のものではないとのことだった。

2019年11月4日月曜日

牛久シャトーを5千万(年間)で賃貸借。市主導で復興目指す。


 牛久市が牛久シャトー(国指定・重要文化財)を年間5544万円(月額462万円)で賃貸借することでオエノンHDと合意した。同社は市に対し、管理費の一部として年額1200万(年額100万円)を支払う。賃貸借契約期間は20年間。
 牛久シャトーは牛久駅から徒歩10分足らず。神谷伝兵衛が1903年(明治36年)「牛久醸造場」の名前で創設した。日本初の本格的ワイン醸造所である。2万坪の広大な敷地にワイン醸造所、レンガ造りの事務棟、ミュージアム、レストランが配置され、多くの観光客が訪れる。牛久市のシンボルである。
 だが、昨年12月、同所を所有するオエノンHDが経営上の観点からレストラン、売店を閉鎖。観光客は激減した。これに対し、牛久市民はシャトーの再興を市に要請。今回の賃貸借に至った。
 牛久市は市の主導で新会社(第3セクター)を設立し、シャトーの復興に取り組む。レストラン等のテナントの誘致・運営や土産物店等には民間の人材を登用し、早期の採算ベース達成に取り組む。
 
 小生はシルバーセンターの紹介で2015年からシャトーの清掃をしている。週3~4日、8時~2時間である。(清掃は体を使うので運動にもなる)朝レストランに行くと、白い制服を着た調理師の方々が既に働いている。「おはようございます」というと「お願いします」という返事が返ってくる。が、昨年末からレストランが閉鎖。広大で豊かな自然が息づくシャトーには誰もいない。清掃の場もミュージアムだけになってしまった。
 牛久シャトーの復活が待ち遠しい。