2022年6月28日火曜日

猛暑(38度)の中のゴルフ。無事で良かった。


 昨日、川越市在住の斉藤さんと2人でゴルフをした。
場所は霞ヶ浦湖畔にある「桜ゴルフ倶楽部」。ゴルフ場はコロナ下でも大盛況。2人でプレーができるのは近辺では「桜ゴルフ倶楽部」だけである。
9:34分スタート、すでに真夏のような太陽が照り付ける。しかも無風。暑さでプレーが雑にならないように細心の注意をしながらプレーに集中した。それでも飛距離が落ちているため、各ホールともダブル、トリプルボギーの連続。最終ホールパー5は5オンしてワンパットのボギー。これが最高のできだった。
 前半のプレーが終了すると、洗面所に飛び込み頭から水を浴びる。生ビールを飲んで生き返った気がした。
 午後、そよ風を期待していたが無風。なんとか9ホールをまわり切る。(最終ホールで斉藤さんに写真をとってもらう。そういう心の余裕はまだ残っていた)シャワーを浴びるため、脱衣場に入るが汗だくの下着を脱ぐのに手間どりイライラする。夢遊病者のように浴場に入ってシャワーを浴びる。浴槽に入ってやっと自分をとりもどす。
 斉藤さんが牛久のホテルに泊まるというので、彼の部屋で一杯やった。やあ、ビールが美味しかった。スイスイと入る。いくら飲んでも酔わない。炎暑で干上がった肉体が水分を要求しているのが実感できた。
 今朝の新聞を見ると、昨日のゴルフ場近辺の気温は梅雨明けということもあり、38度だぅたという。県内で54名が熱中症で救急車で運ばれたという。
 無事にプレーできたのは幸運だった。もう80才、今後は30度以上の猛暑でのゴルフは控えよう。
 

2022年6月25日土曜日

グランドゴルフ、できなくなったら人生お終い


 毎週、月水金は市内の運動場でグランドゴルフ(GG)を楽しむ。          
GGのコースは15,25,30,50(m)の4コース。それぞれ2コースあり、1ラウンドで8コースを回ることになる。
ボールは野球のボールとほぼ同様のサイズ。クラブは1種類。ゴルフのパターのようなもので打つ。スタートマットにボールを置き、ホールポストを目掛けて打つ。パー3。つまり3打でホールポストに入れるのが標準。距離は長くとも短くとも関係ない。2打で入るとバーディ、1打で入るとホールインワンで-3打のご褒美がつく。試合の場合、4ラウンドまわるのでパー96となる。
表は13日に行われた牛久GGの成績表である。この成績用からいろいろなことがわかる。
①年齢が昭和7年(90才)~昭和24年(73才)と高齢である。
②成績(スコア)を見ると、男女による差、年齢による差がない。
③優勝者は昭和11年生まれ、89才である。
➃ホールインワン(1打)をとった人が上位を占めている。
⑤ホールインワンがなくとも2打の数が多いと上位にいける。
以上のことから、グランドゴルフは男女、年齢に関係なく楽しめるということがわかる。
グランドゴルフができなくなったら人生お終いである。茨城は雪が降らない。年中GGができる自分は幸せである。
(写真はホールポストと小生が愛用しているクラブとボール。これはシルバーセンターで一緒に掃除のバイトをしていた福島さんから譲り受けたものである。福島さんは長崎で原爆に会った被災者で2年前にお亡くなりになった)


2022年6月15日水曜日

超特急で逝かれたSL録音の行方先生


 坂本九、弘田三枝子、欧陽菲菲、奥村チヨ、ザ・ドリフターズ等の昭和の名歌手の録音を手掛ける一方、SL(蒸気機関車)の録音でも名録音を残した、元東芝音楽工業のレコードエンジニア、行方洋一さんが亡くなられた。79才。
12日、先生行きつけの「ノーチラスカフェ」で偲ぶ会が行われた。店主、山本さんのお話によると、3日まで仕事をされていたが、翌4日倒れ、救急車で運ばれたが当日搬送先
の病院でお亡くなりになったという。クモ膜下出血だったという。
 私は20代後半からカセットテープの仕事をしていた。当時行方先生はオーディオ評論家としても活躍しておられたので雲の上の存在であり、お目にかかることはなかった。
先生は土浦市のお住まいである。2020年7月、やはり土浦にお住まいの髙山さん(フジフィルムOB)の紹介で「ノーチラス」でお目にかかった。この時、先生が録音されたSLのリアルな爆音を聴かせていただき感激した。10月、行方さんの仕事仲間だった筒美京平氏が亡くなった。先生はノーチラスで筒美恭平を偲ぶコン

サートを行った。11月、私は自分が副会長を務める刈谷ベテランズ(老人)クラブで「音で聴く、SLの旅」を企画。行方先生をお招きした。先生はオーディオ装置持参で出演して下さった。このイベントはクラブで今でも語り草になっている。
 12日、ノーチラスには2018年、最初にお店にいらした時に撮影したという写真が飾られていた。(写真・上)
 
先生は私の晩年に現れ、超特急で逝ってしまわれた。SLのように山あり谷ありトンネルありの人生を語り合いたかった。


2022年6月12日日曜日

感動!音楽評論のプリンス奥田佳道先生(NHK「音楽の泉」)講演会


 昨日(11日)「NPO法人 龍ヶ崎ゲヴァントハウス 創立40周年記念特別講演会」が開催された。同法人はクラシック音楽愛好グループ。小生はこの会の理事で、講演会の講師招聘を担当している。                                 
今回はNHKラジオの長寿番組「音楽の泉」を担当されている音楽評論の奥田佳道先生にご講演をお願いした。実は先生には2年前からご講演をお願いしていたのだが、コロナで伸び伸びになっていた。結果として創立40周年記念特別講演会ということになった。
牛久駅改札で先生をお迎えし、小生の車に乗っていただいた。小生80才、VIPをお乗せしての運転はさすがに緊張した。
講演のテーマは「NHK交響楽団定期公演FM生中継&ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサート解説秘話」。講演は14:00から16:30。途中10分間の休憩
 奥田先生は1962年生まれ。音楽評論家としては若手である。しかし、NHKが看板番組を任せただけあって、講演の内容は圧倒的だった。カラヤンや小澤征爾のコンサートを聴いたような感動を覚えた。奥田先生は一言でいえば「音楽評論のプリンス」だと思った。
秋田から講演にかけつけた、熊谷さんからのメールである。
 昨日のイベント、とても楽しかったです。
奥田先生は、ご自身の番組-放送でかける音楽を視聴者により興味を持って頂ける様、分かり易い解説を添え、視聴者自身でも考える、又共感出来る余白の部分を上手く残しながら、気が付くと音楽の真髄の部分とその音楽がそうであるサイドストーリーを、緻密な調査で得られた客観・主観の絶妙なバランスでオブラートに包んで飲まされている感じ。音楽と共に届けられる先生の声、聴き終わった後に残る充実感。ライブそのものです。正に昨日の講演会は、奥田先生のライブそのものだったと思います。やられました。素晴らしい一期一会のライブにゲバントハウスのメンバーの皆さんと共に立ち会えたと思います。
 
 まさに「やられました!」。感動の奥田ライブだった。


2022年6月4日土曜日

80才の手習い/白金台のセレブと工学博士・余話


 どだい、秋田生まれ、農林高校卒業の私が白金台に住む工学博士を尋ねるなどという話は奇想天外である。これは、TDKが急成長した背景にある人材の多様性と、小生が”ご縁”を大切にしてきたことによると推察する。
 岡本明さん宅を訪ずれた時、仲介してくれた西宮さんから「武井武と独創の群像」という本を紹介された。フェライトを発明した武井武に関する本である。本文2段組、670頁の大作である。やっと半分近く読み終えた。
 本多光太郎(KS鋼発明)、茅誠司(物理学者、東大総長)等、著名人の名前がドンドンでてくる。フェライトの研究は欧米でも行われており、ネール(仏)が関連の研究でノーベル物理学賞を受賞したとある。つまり、武井のフェライトの発明はノーベル賞ものだったのである。

国内外の資料を徹底的に調べ、素人でも面白く読めるように書いた松尾博志の才能とド根性に圧倒される。
 
 お陰で私も科学(物理、化学、電気)の世界と科学者の人間像を柿間みることができた。80の手習いである。
 
 気分転換に31日つくば市にある音楽喫茶「ジークレフ」を訪れる。(写真)店主は「TDKオリジナルコンサート」で放送されたモーツアルトの交響曲第29番(ベーム指揮・ウィーン

フィル)を愛聴していると聞いていたので、同CDの私家盤(定年記念に制作)を持参。それを再生すると、「えっ!2皮も3皮も剥けたよう!」店主が驚く。私家盤の方が店主愛聴の市販品より生々しい(自然)のである。マスターテープは同じなので、原因はマスタリング(音の調整)にあるようだ。今はデジタル社会。音でも写真でも簡単に加工できる。が、加工によって失われる情報もある。加工の難しさを感じた一時だった。