2021年11月27日土曜日

価格(企業買収)は任せる。責任はオレがとる


 昨日(26日)、17:30~現役の役員Aさんを交えた飲み会がありでかけた。
TDKは今や売上1兆8千憶。従業員は13万名。
中間管理職で定年退職になった小生が現役役員の方と話ができる。光栄である。
会場に着くと、案内のお嬢さんから「マスクして下さいね。手の消毒をお願いします」と声をかけられた。(写真)
私:国際情勢が日々変化、大変でしょう。
A:特に中米関係が厳しいですから、先が読めない。今日も役員会があり、6時間大激論です。
私:国内の政治情勢をどう見てますか。
Á:分配論議が先行してますね。成長なくして分配はありません。勿論生活困窮者の救済は必要です。でもいい意味での競争社会でなくてはなりません。世界競争で日本は立ち遅れてます。
ーお飲みものはなにになさいますか?
私:ビールお願いします。
À:私はワイン。
私:安いワインと高いワインは味でわかりますか。
A:先輩、それは愚問です。音の違いがわかるかどうかと同じです。
私:企業買収、積極的に進めてますね。
A:企業買収は経営戦略にとって大切です。アメリカの企業買収の時、買収価格は君に任せる。責任はオレがとる。細かいことは一切言わない。TDKは大胆に部下に任せる。買収先の責任者がそういうTDKを信頼してくれる。
ーAさんとこんな会話をしたことがある。
私:ハイヤーでの送迎ですか。
A:そうです。会社の決まりなものですから。
私:それは当然です。それだけの仕事をしてくれれば納得です。
それから3年、Aさんはスッカリ逞しくなった。心強い。


TDKの社風はユニークである。それは元・会長の澤部さんが書いた「神田のサンマとニューヨークの青空」をみれば良くわかる。「無名の小さな会社にもぐりこむ」「秋田の研修でふるさとに出会う」「”あほはいらん”といわれた玉川事業部」「岩谷さんの千本ノック」と続く。澤部さんが体験したTDK歴代経営者とのエピソードが描かれている。


2021年11月20日土曜日

老人クラブ研修旅行(五浦海岸)


 11月17日(水)、老人会(刈谷ベテランズクラブ)のバス研修旅行が行われた。
コロナに閉ざされていた門がやっと開いた感じである。
行先は茨城県北部にある五浦(いずら)海岸と那珂湊おさかな市場見学。参加者は24名。
往復、市のバスを利用するので会費は¥2,500と格安である。
8時、牛久の団地出発。
コロナ前はバスの中の飲み食いはお酒も含めて自由だったので、お酒を飲みながらのカラオケで大賑わいだったが、今回は配布されたお茶(ペットボトル)のみ。カラオケはなし。車内はエンジン音だけの静かなものだった。


10時、「茨城県天心記念五浦美術館」着。
五浦は明治39年、日本美術院第一部(絵画)が移転し、岡倉天心など五浦の作家が活躍した歴史的な場所である。美術館には岡倉天心他、横山大観など、五浦の作家の作品が展示されている。今回、牛久出身の画家、小川芋銭の作品に出合えたのは幸いだった。牛久には河童の碑とアトリエである雲魚亭はあるが、カラー作品はない。カラー作品に出合ったのは初めて。畑の上を野菜が歩くユニークな作品だった。(写真・中)
 

五浦観光ホテルで昼食。やっとビール(自腹)にありつけた。料理は見た目はきれいだが、味は今一。誰かが言った。「やっぱりそれなりの金を払わなきゃ」そりゃそうだ。
観光ホテルからは天心が建てた六角堂が見える。この日は小春日和。波はなく、海面は鏡のようだった。


2021年11月15日月曜日

オリ、中嶋監督、奇跡の強攻(新庄監督とは違う人)

 
12日、プロ野球日本シリーズ進出をかけたパ・リーグの第3戦が、京セラドーム大阪で開催された。対戦したのはリーグ1位のオリックスと2位のロッテ。第1戦(1-0)、第2戦(2-0)ともオリックスが勝っており、第3戦で勝つか、引き分けでオリックスの日本シリーズ進出が決まる。
野球といえば、高校野球と大谷選手が出場するメジャーリーグしか興味のない私だが、今回はオリックスの中嶋監督が母校(秋田県立鷹巣農林)の後輩ということで注目している。
第3戦は第1,2戦で得点できなかったロッテが先制、8回3-2でロッテがリード。ロッテが勝てば流れが変わる可能性もある。
9回の表、オリックスの攻撃、これが凄かった。ロッテの投手は押さえの投手としてリーグを代表する益田。先頭バッターのTー岡田が益田の変化球を巧にすくい上げてヒット。ノーアウト1塁であり、犠打で得点圏にランナー送る場面。2番手、安達は初球をバントしたがファル、2球目、バットを振りぬいて左前打。3番手は今季わずか1安打、打率1

割にも満たない小田。ノーアウト1,2塁、さらに、小田の力を考えると、ここはバントしかない。が、中嶋監督は小田に声をかける。「思い切っていけ」。初球、小田はバントの構えから強攻に転じるバスター。打球は右翼線を破り、代走、山足が二塁から歓喜の生還。ナインは一斉にベンチから飛び出す。球場にはベートーヴェンの歓喜の音楽が流れる。
 
お立ち台に立った中嶋監督。後輩、中嶋監督はこいう顔をしているんだ、こういう話の仕方をするんだと思った。日本ハムの新庄新監督のような派手さはない。黙々とやるべきことをやる、余計なことはいわない。秋田の男である。菅総理と共通している。

 



2021年11月12日金曜日

深窓の令嬢、内田光子さんの思い出

 

11月6日、龍ヶ崎ゲヴァントハウスのCDコンサートで、内田光子さんが弾くモーツアルトのピアノ協奏曲第20番を聴いた。1995年ベルリンフィルハーモニーで収録した放送ライヴである。第1楽章のカデンツィア(オケの伴奏を伴わないピアノ独奏部分)が凄かった。ダイナミックであり、威厳に満ちていた。巨匠の風格でる。
 聴きながら50年前を思いだしていた。私は1970年、内田光子さんにお目にかかっている。しかもご自宅で……。(写真・中。1970年、木村伊兵衛氏撮影)
 当時、私は録音テープの商品企画を担当していた。1969年、SDカセットテープ発売。SDは初の音楽用カセットという高い評価を受けた。SDに使用した磁性紛はオープンリール用に開発したものだが、オープンとしては高域特性が出過ぎて規格はずれだった。これをカセット用に転用したところ、高い評価を受けたのである。
 

私は規格はずれのSDオープンテープを聴いて素晴らしい音だと思った。確かに高域が強調されるが、耳障りではなく透明感がある。ということで1970年3月SDオープンを発売する。この年、第8回ショパンコンクールが開催され、内田光子さんが2位に入賞する。私は内田さんに是非、SDオープンの音を聴いていただきたいと思う。
 内田さんのお宅にお邪魔した。通された部屋は洋風。そこに現れた内田さん。全て、私のような庶民とは異次元の雰囲気である。それもそのはず、お父様は西ドイツ大使などを務めた外交官。内田さんはウィーン音楽院でピアノを学んだ。「深窓の令嬢」とはこういう次元なのだと感じた。

 ピアノを録音したSDオープンを再生すると内田さんの顔が輝いた。「まあ、面白い。音が飛び跳ねるようね」この年、内田さん22才、小生28才。
 2021年、第18回ショパンコンクールで、反田恭平さんが2位に入賞。日本人として内田さんに次いで2人目、51年ぶりの2位入賞である。反田さんが内田さんのような世界的巨匠になる日が楽しみである。



 

2021年11月6日土曜日

贅沢なコンサート(コロナの恩恵)




 贅沢なコンサートから一週間が経つ。
10月30日(土)水戸芸術館で広上淳一さん指揮の水戸室内管弦楽団を聴いた。
水戸芸術館の館長は小澤征爾さんである。広上さんは小澤さんの要請もあり、2000年の開館10周年記念コンサートなど節目のコンサートを指揮している。今回の指揮は6年ぶり、まさに満を持しての登場である。

演奏曲目はシューベルトの交響曲第5番とメンデルスゾーンの交響曲第5番「スコットランド」。「スコットランド」は私の大好きな曲だが、広上さんにとっても勝負曲なのだという。1988年、ズービン・メータの紹介でイスラエル・フィルハーモニー管弦楽団にデビューした時「スコットランド」で勝負に挑んだという。
水戸芸術館のコンサートホールは室内管弦楽団の専用ホールで入場者は座席数680席。実に贅沢な作りである。今回はコロナ下ということで、入場者を半分に制限。

水戸室内管弦楽団は小澤征爾さんが選んだソリスト級の奏者の団体である。それを日本を代表する広上さんが指揮する。このコンサートを340名で聴く。プライベートコンサートのようである。なんという贅沢であろう。コロナの恩恵である。
広上さんは踊るような指揮で楽員をリード。時には指揮台で飛び跳ねる。特にというか、やはりというか「スコットランド」の躍動感は素晴らしかった。
コンサートには神奈川・山北から弟もかけつけた。
終ってから水戸駅のレストランで乾杯。弟が”神奈川から来ただけのことはあった”と、コンサートの感想を述べた。まずは目出度し……。
帰り、弟は東京行の特急に乗る。私は普通電車に乗る……。ふと気がつくと見覚えのあるホームの景色。慌てて降りる。(写真・下は地上100mの水戸芸術館シンボルタワー)