2022年8月28日日曜日

「大切なのは金や権力ではなく子供である」/マイケル・コルレオーネ


 「大切なのは金や権力ではなく子供である」
これは映画「ゴッドファーザーⅢ」で老境に入ったマイケル・コルレオーネが語った言葉である。これは小生の信条と一致する。
8月、録画しておいた映画「ゴッドファーザーⅠ・Ⅱ・Ⅲ」を観た。やはり凄い作品である。
「ゴットファーザー」は第2次世界大戦直後、ニューヨーク五大ファミリーの一角で、最大の勢力を誇るイタリア系マフィア「コルレオーネ・ファミリー」のドラマである。
初代ヴィトー・コルレオーネ(写真・上)は犯罪組織の長であるものの、道徳心は強く、義理堅く、慈悲深い性格であり、部下だけでなく、一般人からも尊敬される。後を継いだマイケル・コルレオーネ(写真、中・下)も道徳心に優れており(麻薬には手をださない)、やがては犯罪組織から足を洗い、事業家となることを目指す。
ただ、犯罪組織でファミリーを守り、財産(シマ)を守り、事業家に転身するのは至難の業である。疑心暗鬼の中で、敵対するファミリーを暗殺、実の兄まで殺害してしまう。
 そして語った言葉が「大切なのは金や権力ではない子供である」だった。
 映画の終盤、犯罪組織の後継ぎを嫌い、オペラ歌手になった息子の晴れ舞台を家族で鑑賞。感動に浸って劇場から出たところで、マイケルは敵対するファミリーの殺し屋に襲われる。弾丸は最愛の娘メアリーに当たる。マイケルはメアリーを抱きしめ、慟哭の中で気を失う。
 時は過ぎ、金や権力より大切なメアリーを失ったマイケルは、誰に看取られることもなく息絶える。

 自分はお金も権力もないが2人の子供と6人の孫に恵まれた。
 自分の最後はマイケルよりはマシなのではないかと思った。

 <監督>フランシス・フォード・コッポラ
 <出演>マーロン・ブランド/アル・パチーノ
 <受賞>1972年度アカデミー賞(作品賞、主演男優賞、脚色     賞)

2022年8月21日日曜日

コロナ対策の基本は快食快眠!再起動の8月

 
8月は猛暑とコロナ第7波の中、再起動の月となった。

4日→牛久市花いっぱいコンクール審査会(第4位)。老人クラブの先輩に誘われはじめて花壇づくりのお手伝いをした。真夏のカンカン照り。休憩時間の仲間との茶会が楽しかった。
4日→NPO法人・龍ヶ崎ゲヴァントハウス幹部と話し合う。80才を迎え、第一線を退くことにする。
9日→45年ぶりにOさん(元・ポリドール)、Nさん(元・大阪国際フェステバル協会)と三者会談(日本の音楽界について語る)。
12日→痛風再発。自宅から5分の中野医院へ。78才の院長、親身になって診察。
14日→息子、高3と、小6の孫を連れて来宅。秋田市の料亭「濱野の家」で取引先と会食したとのこと。息子の時代に変わっていること実感。
19日→コロナワクチン接種(4回目)
20日→JVC・ケンウッドのSさん、フジフィルムのTさんと、会社定年後のあり方について情報交換。
《これから》
29日→車検(見積、83,980円也)
31日→傘寿の会(高校・同窓生)申込〆切。17名に案内を出したが、参加申込者は現在
3名。「人生の店じまい」をした同窓生がほとんとのようである。
9月16日→父の23回忌で秋田へ。5人兄妹姉妹が集まるのはこれが最後か。
10月21日→「三人の会」「傘寿の会」26日「業界リーダー、卒寿を祝う会」 11月→小生監修の本、出版予定。

●8月はコロナということで老人会は活動中止。これも対策の一手法ではあるが、基本は「健康な日々を送ること」「快食快眠」だと思う。日々、グランドゴルフと散歩で活動し、妻の作った料理をいただき、十分睡眠をとり、ブログを書き続ける…。




2022年8月11日木曜日

「偏愛」=「生きがい」


現役の頃、お世話になった和泉賢二さんから「偏愛の70’s Collection」という展示会の案内をいただいた。
会場はさいたま市浦和区「柳沢画廊」とある。7月24日、でかけたのであった。
JR浦和駅に降りて「柳沢画廊」に向かう。途中、狭い道に商店街が並ぶ。画廊は商店街の一角にあった。展示場は1フロア10坪くらい。その2階と3階にコレクションが展示されていた。
展示場には粟津潔、池田満寿夫、篠山紀信、木村伊兵衛等、1970年代の巨匠の作品が並ぶ。そこで、ひときわ小生の目を引いたのは「横尾忠則」の作品である。怪しい雰囲気が漂う。(写真)案内の方によると和泉賢二さんの「横尾忠則」のコレクションは希少価値があるという。和泉さんが一番偏愛しているのは横尾なのではないかと感じた。

もう一点、感銘を受けたのが1964東京オリンピックのポスターである。亀倉雄策の作品。
今見ても圧倒的である。TDKのダイヤモンドマークの社章をデザインしたのも亀倉雄策だった。
デザイン、写真だけではなく、「偏愛」は各ジャンルに存在する。私が所属する音楽同好会のメンバーにも偏愛者は多い。LPレコードを収集し、聴くのではなく、盤を洗浄したり、ジャケットを眺めているだけというのは偏愛のジャンルだと思う。
この「偏愛」が本人にとっては「生きがい」である。
という自分も偏愛者の一人なのかも知れない。
それにしても「偏愛」コレクションを開催できる画廊のある浦和の文化度は高いと思った。


2022年8月2日火曜日

松尾芭蕉、鹿嶋紀行

 7月26日(火)、地元・老人会(刈谷ベテランズクラブ)の研修日帰りバス旅行が行われた。
第7波のコロナ禍でどうなるかと心配していたが、今回は行政からの自粛要請もなく予定通りの実施となった。参加者は32名。

7:45分、自治会館前集合。ドシャ降り。急いでバスに乗る。8:00予定通り発車。
行先は鹿嶋、潮来。研修テーマは「松尾芭蕉、鹿嶋紀行」。
松尾芭蕉は貞享4年(1687年)8月、鹿嶋根本寺の仏頂和尚に「鹿嶋の月」を見にこないかと誘われ、曽良、宗波と3人ででかけた。江戸・深川から舟で行徳に出て、鎌ヶ谷から布佐までは歩き、夜舟で鹿嶋に到着。根本寺(写真・上)を訪れて月見。鹿嶋神宮参拝。帰りは潮来の知人、本間自準宅を訪れて一泊。潮来長勝寺にも立ち寄った。

研修旅行のハイライトは長勝寺(国の需要文化財)だった。長勝寺は文治元年(1185年)源頼朝が創建したといわれている。(写真・中)創建の年号に因む文治梅(ぶんじばい)という古木の他、松尾芭蕉の「旅人と我名呼ばれむ初しぐれ」の句を刻した時雨塚あある。和尚の案内で寺の仏壇で手を合わせ、奥座敷に案内された。この部屋は江戸時代、徳川光圀が休憩されたとのことで築山

が美しい。(写真・下)
 
 昼食は、ビール、お酒もでて、久々に老人クラブの仲間と打ち解けることができた。
旅先では雨も止み、収穫の多い旅行だった。森田リーダー他、幹事の皆さんに感謝!


2022年7月25日月曜日

TDK、16年ぶりベスト8!都市対抗野球


24日、 第7波コロナの最中、東京へ。
都市対抗野球、20日1回戦、TDK(秋田・にかほ市)が一昨年優勝のホンダを3対2で破り、昨日、JFE西日と対戦した。JFEとは昔の日本鋼管+川崎製鉄である。
14:10試合開始。TDKの打撃力は圧倒的だった。ホームランが2本飛び出し4対0で快勝。それにしてもナマで見る社会人野球は凄い!打球が早すぎて、80才の老人は着いていけない。

TDKチーム、出場メンバーを見ると39名。東北代表で秋田からやってきたのである。出身校をみると、東洋大、横浜商科大、東北福祉大、神奈川大、法政大、国学院大と実に多彩。プロになる気はないが、どうしても野球をやりたいということでTDKに入社したのであろう。雪深い秋田の工場で働きながら、東京ドームを目指してきたのであろう。     
 コールされてグランドへ飛び出して行く、ナインの嬉しそうなこと。東京ドームでヒットを打ったともなれば野球人生の貴重な記憶になるだろう。
 明日、26日はベスト4を目指してトヨタと対戦する。
 TDKは16年前、全国優勝している。16年ぶりの優勝目指して頑張って欲しい。
 TDK、応援も元気一杯。チアガールも秋田からかけつけたのかな?それとも・・・。
 東京ドームへの飲食物の持ち込みは禁止である。
 生ビールを買おうとしたら、現金は駄目とある。幸いSUICAは使用できたので購入できた。それにしても80才のお爺さんはビールが好きである。


2022年7月24日日曜日

世界陸上、TDKも電子部品事業の金メダルへ挑戦!


 連日、TBSで「世界陸上」(第18回)が放送されている。
開催地は米国・西海岸オレゴン州。陸上の本場だけにその盛り上がりは格別である。記録に挑むアスリートの姿に胸躍る。
「人間浴」を執筆している小生はTDKに在職。TDKは第1回・ヘルシンキ大会(1983)から世界陸上のスポンサーになった。小生は第2回・ローマ大会(1987)、第3回・東京大会(1991)、第4回・シュツットガルト大会(1993)等の事務方を担当した。
 第2回・ローマ大会の時は数回現地に足を運んだ。同大会は日本テレビが放送を担当。現地からのリポートは長嶋茂雄氏だった。男子100メートルにスーパースター、カール・ルイス登場。長嶋氏の「カール、カール」という声が今でも耳に残っている。
 世界陸上のスポンサーになった1983年はTDKがカセットで世界シェアNO、1になり、VHSビデオビジネスも軌道に乗った時期だった。世界陸上の契約料の負担も本社4割、磁気テープ事業部が6割という比率だった。2014年、TDKは磁気テープ事業から撤退し、電子部品事業専業になったが今でもスポンサーを継続しているのである。
 オレゴン大会の放送を見ると、男子ゼッケン、100mスタート等、いたるところにTDKロゴが露出する。TDKの運動会のようである。これは、TDKが第1回大会から第18回大会まで同大会を支え続けてきた成果である。
 TDKは、村田、京セラ、日本電産と並んで、日本の電子部品業界を支える世界の優良企業に成長した。カセットテープ時代にはじめた世界陸上を継続することによって、TDKは他の電子部品メーカーとは異なる風土ができ上ったと思う。
 世界陸上のアスリートのように挑戦し続けて欲しい。電子部品事業において金メダルをとり続けて欲しい。
 

2022年7月22日金曜日

一代で売上10兆円企業を目指す!もう一人のカリスマ永守重信

 

 京セラの稲盛和夫も凄いが、日本電産を創業した永守重信も凄い!
永守重信(ながもりしげのぶ)は1944年、京都府生まれ。職業訓練大学校電気科卒業。73年日本電産を設立。現在同社代表取締役会長兼最高経営責任者。日本長者番付で4位。個人総資産48億ドル(「フォーブス」誌)。日本電産は世界NO,1の総合モーターメーカーである。CDプレーヤは勿論、スマホのハードディスク、プリンターにも同社のモーターが使用されている。                                    
                                           
京セラと日本電産は同じ京都のメーカー。永守の目標は京セラだという。日本電産の本社ビルから京セラの本社ビルは良く見える。日本電産は京セラより14年遅れて設立したが売上では肩を並べた。両社とも年間売上は2兆円に迫っている。
永守の凄いところは、長期ビジョンを公表していることである。連結売上げ、2025年、4兆円、2030年、10兆円である。2030年、永守は86才を迎える。メーカーの経営者として1代で10兆円の売上を達成したとなるとギネスブックものではないかと思う。
 永守は小作農だった奥田末次郎とタミの間の6人兄姉弟の末っ子として生まれた。生活は苦しかった。大学も学費がかからない職業訓練大学を選ぶしかなかった。生活費を稼ぐため、高校時代から株式投資をした。母タミの口癖は「人の2倍働け、絶対に楽して儲けたらあかん」だった。永守は人の倍働き、瀕死の重傷を負った企業に資本参加し、人員削減もせず、一気に再建する。
 
 『永守重信語録』の一部である。「一日24時間という時間はすべての人間に平等に与えられている」「信頼の基本は”ごまかさない””にげない””やめない”の3つにある」「”すぐやる””必ずやる””出来るまでやる”」「人の総合的な能力は、天才は別として、秀才まで入れてもたかだか5倍、普通は2倍しか違わない。ところが、やる気、士気、意識は100倍くらいの差がある」
 永守は小生より2才年下。永守を見習い、残りの人生「やる気」を持ち続けて価値のある日々を過ごしたい。