(写真、梓みちよさん。小生撮影。〝昭和41年3月撮影″)
古い社内報をめくっていたら「梓みちよ」さんの写真がでてきた。
その社内報の発行年月を見ると、昭和41年4月である。
当時、私は社内報「TDKタイムズ」の編集担当だった。
TDKは当時、「シンクロテープ」を販売していた。カセットテープ全盛の前でオープンリールテープ。ブランド名もTDKではなく、「シンクロ」だった。「シンクロファン」というタイトルで毎月、TDKシンクロテープを愛用しているタレントさんを取材した。東海林太郎、園まり、丸山明宏(現在の美輪明宏)等、多士済々。梓みちよさんもその中のお一人・・・。
この時、梓さん22才、小生23才。取材は写真撮影、インタビューと約1時半ほどかかった。年令が近いこともあり、彼女を身近に感じた。その後、銀座コリドー街にあるライブハウスで彼女のコンサートを聴いた。100名ほど入ると満席の小さなお店だった。この時、彼女の視線を感じた。(彼女は私の顔を覚えていたようだった)
梓さんは昭和38年、「こんにちは赤ちゃん」で大ブレイクした。翌年だったろうか。日劇のクレージーキャッチショウに出演されたと記憶している。
舞台袖から梓さんは乳母車を押し、唄いながら登場した。舞台が一瞬にして陽春のように明るくなった。その時の爽やかな印象は今でも忘れない。
平成26年の今、私は72才。6人の孫がおり、禿げ頭、ヨボヨボのジジィだが、梓さんはスターとして第1線で活躍されている。ますますのご活躍を期待したい。
大先輩にお伺いします。
返信削除80年代前半、TDKタイムズが縦書きだったころ、当時の人気作家のエッセイが掲載されており楽しみでした。先輩方のご苦労あってのことだと思いますが、どのような仕組みだったのでしょうか。どこかの会員誌と提携されていたのでしょうか。