2010年4月5日月曜日

佐竹寺(国宝)と西山荘

              (水戸光圀が引退後、過ごした西山荘入り口)
                (国宝・佐竹寺の本堂)

 小田原で教師をやっている弟が春休みを利用して2日、茨城に遊びにきた。


2日は一部の電車が止まるという強風。弟が牛久に着いたのは1時30分ころ。一休みして家内も入れて3人で予約していた那珂湊のホテルへ向かう。通されたのが15畳もある和室。弟が3人で、この広さでは寂しいと、日立・国分工場へ勤務している、甥に電話。彼も参加することになった。


 夕方6時から蟹食べ放題の会食。7時30分には甥も到着した、彼と会うのは父の葬儀以来だから11年ぶりということになる。


 翌日は風も止み、旅行日より。国文学専攻の弟の好みを考え、常陸太田市の西山荘に向かった。道中、「常陸太田は秋田に移赴した佐竹公の出身地ではないか・・・」と弟が言う。さすがである。西山荘の手前に「佐竹寺」という表示があり、寺に寄る。この寺、予想を遥かに超える名刹である。本堂は1543年に建てられたという。朽ちかけた茅葺屋根。本堂をのぞくと扉から天井まで、お札がビッシリ。坂東霊場22番札所でもあるという。国宝という表札に納得。


 佐竹寺の後は西山荘により、その後国営ひたち海浜公園に向かう。広々とした園内を1時間30分ほど歩く。その後、那珂湊魚市場で昼食。食堂おすすめの”あいなめ定食”のボリュームと味を堪能。料理にうるさい家内も大満足。


 最後は今回孫の急病で欠席した妹夫妻のところによる。(笠間市・出雲大社)


 義弟は神社の経営を息子に譲ったが、義弟が新しくはじめた樹木葬が順調な売れ行きだという。


 「息子にジャガーを買ってもらった」と義弟はいう。今まで乗っていたベンツを売ってジャガーに乗換えたとう。義弟はそれくらい仕事をしている。樹木葬のアイディアだけではない。自らユンボを運転して樹木葬に使用する山の整地も行っている。偉い!


 弟は中身の濃い茨城旅行を満喫し、帰途についた。


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