2011年9月18日日曜日

燦々、人間浴


●15日(木)御茶ノ水で西宮聡彦さんと会う。小生が高校時代に作詞した母校の50周年記念歌の蘇生演奏をお願いする。
●16日(金)地元(牛久)松本英語塾の飲み会に参加。(小生は語学はダメで飲み会だけ参加)現役時代の職種は、柊昌夫さん(商社)、中居福四郎さん(建設)、渡辺いつ子さん(香港で美容院)、中田貴己さん(公務員)と色々。90才を過ぎて日本に永住を決めたドナルド・キーンの思い出が共通の話題。さすが、レベルが高い。
●17日(土)出版社・社長にお招きいただきゴルフ。パートナーはジャズ・ライヴの社長、オーディオ機器メーカーの社長と、現役の経営者たち。恐縮してしまう。3人ともスコアは40代、小生のみ50代。ただし、最終ホール、170ヤードでワンオン、ワンパットでバーディ。この達成感は一生忘れないだろう。パートナー(ジャズ・ライヴ社長)はベンツに乗ってにこやかにゴルフ場を後にした。
●ここ数日、名著に感動し続けている。80才、伊藤テイ子さんの自分史に掲載された身も心も焼き尽くすようなご主人の恋の日誌。92才の西宮正泰さん(西宮聡彦さんの父上)の解説による「万葉集探訪」(文芸社)。和田石雲恵さんの「思い出の詩」。”小鏡に映して夏景色あくことしらずに鏡まわして”病床に臥していた和田さんはこの一ケ月後亡くなる。

2011年9月10日土曜日

80才。伊藤テイ子さんの自分史

 (右上はテイ子さん。「TDKタイムズ」の座談会で。当時編集担当だった小生が撮影・昭和40年頃)
 
 私は18才で秋田にあるTDK・平沢工場(にかほ市)に入社した。工場に伊藤テイ子さんという理知的な顔立ちの保健婦さんがいた。
 
 8日、ゴルフにでかけて帰宅すると、テーブルの上に分厚い茶封筒が乗っている。伊藤テイ子さんの自分史「山吹の花咲くみちから」である。396頁の大作である。伊藤さんは間もなく80才になるという。ご高齢にもかかわらず、よくぞ、自分史をまとめられたと、その熱意に敬意を表したい。
 
 その熱意を引き出したのは46才で早世した夫・八重治への愛情である。大作の半分以上は八重治の日記である。児童総代の秀才だった八重治の日記の表現は鮮やかである。八重治は結核を患っていたので、日記の内容のほとんどが闘病生活の苦悩だが、ふる里の山や草花に対する愛情にも溢れている。「鳥海山、今日はきれいだなあ。ふっくらとふくらんだ山脈は、いかなる處女の肉体でも、あんな輝かしく崇高なる美は発揮しえない」(27才、闘病生活中の日記より)。後年、八重治はふる里の自然や人情を歌いこんだ”にかほ音頭”の作詞もしている。
 著名な作家によって書かれた小説も面白いが、自分史には「真実」がある。できるだけ多くの方々に伊藤テイ子さんの自分史ガ読まれるよう期待する。戦中の出来事は歴史の証言としても価値がある。

2011年9月8日木曜日

終電までのミーティング


 4日は東京伊勢堂会(高校同窓会)で、東京の市ヶ谷へでかけたが、7日も東京へでかけた。銀座・ソニービルの前を通ったら「ひまわり」が咲いていたので写真に収めた。
 11時に歌舞伎町近くの喫茶店で現役の頃お世話になった野原博さん、太田昌純さんと会う。定年後放送音源のCD化を一緒に推進しているメンバーである。
 昼から場所を新宿に移し、現役のレコードメーカーの方々とお会いする。
 来日演奏家の秘蔵音源の情報交換をし、CD化に向けて推進しようということで大いに盛り上がる。4時からの打ち合わせは5時30分から食事会となり、新宿駅前で解散したのは10時30分だった。なんとか、常磐線の終電に乗り、帰宅したのは午前1時。
 70近くなって現役の方々と情報交換できるのはなんとも幸福なこである。
 午前5時30分には起きてゴルフに出発。
 好きなことをやる時は現役の頃のように元気である。

2011年8月29日月曜日

西宮家・熱海別荘でPCオーディオ聴く

     (西宮家の帰り、MOA美術館に寄る”ムア広場”)
     (西宮家・別荘のオーディオシステム)
 27日、友人の西宮聡彦さんの誘いで、熱海にある西宮家の別荘へうかがう。
この日の午前は、シルバーセンターの掃除のバイトで汗を流したので、午前と午後の行動の格差は相当のものである。
 午後1時30分東京発のアクティ乗車。3時過ぎに熱海に到着する。西宮さんと、吉原恵さんの出迎えを受ける。恵さんというと女性のようだが、彼は法律家で、PCオーディオの研究家でもある、そして料理人でもある。(ということがわかってくる・・・)
 駅近くで吉原さんが食材を購入。車は急坂を上って別荘へ。
 別荘へ着くと、私は客人よろしく、ソファにもたれ、窓外の緑を眺めながら、LPレコードでカバリエ(ソプラノ)のアリア集に耳を傾ける。LPレコードを聴くのは20年ぶりかもしれない。やはり、アナログの音は素晴らしい。CDという便利で中途半端にいい音のCDが登場してこの方、ジックリオーディオの音に耳を傾けたことがなかった。
 私が至福のひと時を味わっている時、吉原さんは台所で夕食の準備をし、西宮さんは、風呂や寝室の準備をする。
 西宮家は四十四代続く名門。什器、備品が全てが質の高いものばかり、棚の上には銘酒が並んでいる。その銘酒をいただきながら夕食。旅館の家族風呂を思わせる立派な風呂に入れていただき、就寝。二人は私が寝てから、SPレコードの音をPCに取り込む作業に没頭。明け方までかかったという。
 熱海からの帰り、日本経済新聞の最終面・文化欄を見たら、偶然であるが、黒崎政男(東京女子大教授)の「オーディオ熱ふたたび」というエッセーが掲載されていた。黒崎さんんもCDがでてから、オーディオを聴かなくなったという、PCオーディオの登場で、昔の巨大なオーディオシステムと向い会うようになったという。

2011年8月23日火曜日

ホキ美術館、ビューホテル、成田山

        (成田山新勝寺の三重の塔)
   (写実絵画300点が収納されている「ホキ美術館」)
 息子夫妻が双方の両親を招いて、食事会をしたいというので、21日、成田ビューホテルへでかけた。
 成田に行くのであれば、ついでに行ってみたいところがあった。
 千葉市にある「ホキ美術館」である。
 日本で最初の「写実絵画専門美術館」である。
 この美術館、千葉といっても、東金市の近く。最寄の駅は土気駅である。
 午前、タイヤを交換。午後1時牛久駅出発。
 408号線、409号線を経由して目的地に着いたのは午後3時を過ぎていた。
 思いの他、時間がかかったので、駆け足で展示物をみる。
 
 土気から成田へは東金道路、東関道と高速を使用。タイヤが新品なので、車が道路に吸い付くようで快適。40分くらいで、成田インターに着く。
 成田ビューホテルで3人の孫の顔を見ながら、息子の嫁の父親である北條保夫さんとオヤジ談義。スカイバーで小雨に煙る成田国際空港を展望しながら2次会。
 翌朝、生後6ヶ月の孫の顔を見る。実にかわいいのであるが、写真にとると、どうしても平板になる。マシュマロのような頬の感じなどがでない。ここで、ホキ美術館を思いだした。
結局、人間が生でみる景色を写真で表現することはできない。そこで登場したのが写実絵画ではないかと思った。事実展示されていた風景や人物画は生でみるようにナマナマしかった。
 翌朝、息子家族、北條ご夫妻と別れ、家内と成田山新勝寺に行く。幸い護摩祈願の時間と遭遇。真言密教の修法を体験した。大本堂全体に響き渡る冒頭の巨大な太鼓の響きによって、魂は現実の世界から幽玄な世界と導かれる。実に貴重な体験だった。

2011年8月15日月曜日

コンサートの梯子(川崎、青葉台)


 14日。8時から高校野球観戦。秋田・能代商対香川・英明高校。一回の表裏を見て、英明の投手力、打力が勝っており、同じ負けるにしても恥ずかしくない負け方をと思って観ていたら、能代商が2対0で勝ってしまった。
 10時30分、自宅出発。なにしろ、今日は15時から川崎で東京交響楽団の演奏会。19時から田園都市線・青葉台で辻本智美のピアノリサイタルである。
 川崎駅から会場の「サンピアン川崎」まで歩く。川崎市役所、競輪場の次が会場だった。歩くのは実によい。町の風情が良くわかる。東京交響楽団のアンサンブルは実に素晴らしい。しかし、会場は最悪。空調音の騒音が高く、折角のピアニッシモが騒音に埋もれてしまう。もともとこのコンサート、川崎市自慢の音楽ホールでやる予定だったのが、東日本大震災でホールの天井が落ちて、会場が変更になった。予想もしないところで、震災の余波を実感した。
 その点では、辻本のコンサートも震災の影響を受けた。このコンサート、実は4月2日開催の予定が震災があったため、今日になった。
 会場は高級住宅地の青葉台駅前のフィリアホール。音楽専用ホールである。何回か彼女の演奏を聞いたが今日の「ドビュッシーの世界」は今までの彼女のコンサートでも最高の仕上がりだった。眼前に色彩豊かなドビュッシーの世界が広がった。ピアノリサイタルでは巨匠ポリー二以来の感動である。日本には無名でも優れたピアニストがいることを再確認した。
 残念なのはお客さんが少なかったこと。
 指揮者の世界で佐渡裕がベルリンフィルを指揮したことで、知名度が上がっているが、彼クラスの指揮者は日本に沢山いると私は思う。結局はマスコミに頼らず、自分で聴くしかないようだ。
 

2011年8月13日土曜日

孫、水鉄砲で遊ぶ

          (竹で作った水鉄砲)
 12日、お盆ということで佐倉にいる息子の団子(男子)3兄弟が来宅。小1、幼稚園、生後半年。
 
 今日(13日)小1と幼稚園児の二人の希望で、近所の牛久自然観察の森へ行く。
 9時森に到着。森の入口にあるネイチャーセンターで、マンツーマンで学生アルバイトのボランティアが2人の相手をして下さる。2人はこのセンターで一時間半ほど、ゲームなどに興じる。
 
 森に入ると、休憩所に水鉄砲があり、女性ボランティアが使い方を教える。2人は水鉄砲に夢中。それが終わると、「竹細工グループ」のメンバーが竹細工の風車を作ってくれる。
 昼近くになったので帰ろうとしたが、2人はネイチャーセンターで昆虫の塗り絵をしたいという。結局帰宅をしたのは1時。
 
 帰宅すると、柏にいる娘の美人3姉妹が来宅しており、6人の孫が勢ぞろいとなった。