1)定年後、4~5社から技術顧問、執行役等の依頼があった。拘束されるのは嫌なので日経BP社の嘱託になった。TDKの名刺だと聞けないような情報が、日経BP社の名刺だと、面白いように情報が集まった。
2)慶応連合三田会の工学部の我々の代の責任者を引き受けた。連合三田会の我々の代の代表は某財務大臣の弟さんが務めている。連合三田会の役員は幼稚舎から慶応という方が多い。部外者といってもよい自分が引き受けて良いのかという思いもあったが信条に従った。卒業50周年の際には6千万の寄付金を集めた。慶応は他大学と比較して寄付金の依頼が多いようだ。慶応からの手紙は捨ててしまう奥さんもいるという噂もある。
3)住んでいるマンションの防災委員会を設立し、お世話をしている。今年の3月、地震の影響で東京都内で停電発生。電源確保の重要性について私見を述べる。港区は住民の9割が高層住宅住まいである。防災についての講演依頼がくるようになった。
4)学生時代から弦楽器の低音部であるコントラバスを弾いている。音楽の本場ウィーンでも演奏した。慶応OBのオヤジバンド、カレードスコープ(万華鏡)ブラザーズのメンバーである。一昨日(15日)日本ヨハン・シュトラウス協会管弦楽団のメンバーとして「美しく青きドナウ」などの名曲を演奏した。
「頼まれごと」の合間を縫って世界遺産の旅継続中。すでに256ヶ所の見学が終ったという。(写真はコントラバスが鎮座する居間)