2018年10月8日月曜日

100年後の子孫に伝える和風家屋「鮎瀬亭」


5日、義兄の建築士、工藤光春さんと弟・幸三の自宅を訪ねた。

 弟は1948年生まれ。私とは6才違い。小田原の近く山北町に住んでいる。
 秋田の高校を出た後、東京の大学に進学。小田原にある私立高校の教師になる。1972年、山北町の旧家・鈴木家の養子になる。
 弟は2009年、和風に拘った「鮎瀬亭」を新築する。
 この鮎瀬亭をプロの建築士、工藤さんに見てもらおうというのが今回の山北行の趣旨である。
 
私と工藤さんは9:00バスタ新宿で落ち合う。工藤さんの第1声「やあ、驚きましたよ。これが現役の頃、建設の話があったバスターミナルなんですね」。私も新宿バスタを使用するのは初めてである。このバスターミナルから全国に向けてバスが出発する。
 山北は電車で行くと不便なのだが高速バスで行くと1時間30分。東名山北に着く。

 弟の案内で山北町を見学しながら高台へ。太平洋岸方向をみると小田原市街が一望である。フジフィルムの工場群、アサヒビールの工場が遠望できる。
 
 鮎瀬亭に着く。玄関をくぐるなり、工藤さん「ホーッ」と天井を見上げる。秋田杉を使用した梁が美しい。(写真・上)弟は秋田の実家の杉を製材し、山北に運んだのである。工藤さん私に言う。「あなたは建築の素人だからわからないだろうが、秋田杉を使用し、これだけの家を作ろうという発想は、並大抵のものではない。幸三君のその源泉はどこからきたのかな・・・?」弟のこたえ。「鈴木家は170年経った茅葺の古民家でした。壊すのに逡巡しました。その思いを”鮎瀬亭”に託しました。」
 
 幸三は100年以上後の子孫に、和風建築の伝統と秋田の実家への思いを伝える事を意図しているのであろう。因みに「鮎瀬亭」の鮎瀬は我々兄弟が生まれた部落の名前である。

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