2012年5月14日月曜日

100年前の名演奏を再生する

ヌヴー、カペー、ブッシュ、レーマン・・・???。
これは人の名前、いずれも1980年代後半から1990年代前半に活躍したクラシック音楽の名演奏家である。

12日、私の住む牛久の隣町・竜ヶ崎市音楽愛好会「ゲヴァントハウス」の特別例会として、新忠篤先生の講演が開催された。
講演の内容は”デジタル技術で蘇生されたSP盤の名演を聴く”である。(冒頭の名称は当日のプログラムに掲載された演奏家の一部である。)

冒頭、女性ヴァイオリニスト、ヌヴーのヴァイオリンが流れた。眼前でヌヴーが演奏しているようにリアルだった。男性ヴァイオリニストとしか思えない逞しい演奏に圧倒された。この音を引きだした、新先生の研究成果に目を見張った。

私は新先生を「管球王国」の主筆としてしか存じ上げていなかった。従ってオーディオ評論家という認識でいた。お話をうかがって、先生はオーディオを音楽を再生する道具として位置づけている印象を抱いた。デジタル技術で再生された音も素晴らしかったが、それと同等以上に作曲、演奏家に関する造詣の深さに圧倒された。ご経歴を拝見するとレコード会社に勤務し、経営にも当たっておられたとある。なるほど・・・である。

ところで、新先生を今年2回(3月、ガラスCDコンサート)も招聘した(多分、新先生の手弁当)ゲヴァントハウスのメンバーは素晴らしい。講演終了後、先生とメンバーとの親睦会が行われた。メンバーの一人、古屋和紀さんの親睦会での一人言(自問、自答)「作曲家がいて、演奏家がいる。作曲もせず、演奏もせず、聴くだけの自分ってなんなのだろう。うん、聴くにも才能がいるんだ」。この言葉に私は救われた。私も聴くだけの音楽ファンである。

創る人、表現する人、鑑賞する人、この三者がいて、音楽も他の芸術も成り立つ。(広く言えば社会も)その間に格差などあるはずがない。

(写真は講演中の新忠篤先生)

0 件のコメント:

コメントを投稿