2025年6月24日火曜日

沖澤のどかに感動!クラシック音楽は”生きる源泉”

 
私の地元、刈谷シニアクラブは茨城県から表彰されるほど活発な活動をしている。その理由の一つが月1~2回開催される音楽・芸能イベントである。
しかし、クラシック音楽が趣味の小生にとっては、地元の方々の音楽・芸能イベントは楽しめない。カラオケのように自分が参加する場合はうまい下手は関係なく楽しめるが、受け身で鑑賞する場合はどうしてもそのレベルが気になってしまう。その時間があればプロのクラシック音楽のCDを聴いていた方がマシである。
クラシック音楽の醍醐味は演奏会場に行ってナマのコンサートを聴くことである。
15日(日)川崎市のコンサートホールにでかけた。
現在、世界が注目している指揮者、沖澤のどか指揮(写真・左上)・東京都交響楽団のコンサートがあった。沖澤さんは2023年から京都市交響楽団の常任指揮者を務めている。「京都から日本へ、世界へ」が同響のテーマである。同響は東京公演も行っているがチケットはすぐ売り切れてしまう。今回は都響のコンサートということでたまたまチケットが残っていた。私が理事をつとめている龍ヶ崎ゲヴァントハウスの会員4名、神奈川にいる弟も一緒だった。
後半に演奏されたのはストラヴィンスキーの「春の祭典」。音楽評論家の東条碩夫氏はこう評
した。「沖澤と都響の機能的な腕の冴とが遺憾なく発揮された豪演。この超大編成の作品をオーケストラともども、かくも緻密に統率制御していた沖澤の力量は、やはり並みのものではない」終演後、オーケストラが去っても聴衆の拍手は鳴りやまず、沖澤はステージに登場した。(写真・下右)
83才になると、ボケも進み、目力、耳力も減退する。
でも、まだ沖澤の音楽に感動することができた。クラシック音楽は私の生きる源泉である。

2025年6月19日木曜日

葉梨衆議院議員、令和の米騒動についてコメント

 
10日(火)、佐藤則男さんにお目にかかる。(49年前、米国出張でお世話になる)コロムビア大学卒業。2015年、講談社から「なぜヒラリークリントンを大統領にしないのか」を出版。お元気な間に混乱が続く米国にメスを入れた本を出版して欲しい。奥様は国連勤務。共著であれば興味深いものになると思う。
13日(金)刈谷シニアクラブのバス研修旅行で東京へ。国会で葉梨衆議院議員にお目にかかった。(写真・右)現在「農林水産委員会筆頭理事」の任にあり多忙とのこと。令和の米騒動について、こうコメントした。「5キロ4千円~
5千円ではまりにも高すぎる。小泉大臣が備蓄米を随意契約して、小売店に早く届ける手法をとっている。緊急措置として評価している。銘柄米を5キロ、3千円台でソフトランディングさせたいと考えている。その方針のもとに小泉大臣にはJA、卸業者と調整して欲しいと要請している」
JAのトップは「今の4千円から5千円の価格は高くない」とコメントし、非常識だと感じていたので、葉梨議員のコメントにホッとした。
国会の後、迎賓館を見学した。(写真・左)その豪華さには驚いたが、外国の要人には日本国民の庶民の生活も見て欲しい。
14日(土)15日の「父の日」を前に娘と息子からプレゼントが届いた。娘からは素敵なシャツ。息子からは秋田の地酒セット。(写真・右下)これからも元気で頑張らなければと思った。


2025年6月12日木曜日

東工大(TDK)対 大阪大(ソニー)

6月5日、発売になった「ステレオ時代」neo9号に「日本生まれのコバルト磁性体、ハイポジション新時代」という特集企画が掲載された。カセットテープは1966年、日本で発売された。この頃、音を記録するための磁性体はガンマ酸化鉄だった。しかし、この磁性体ではいくら改良してもFM放送の高域周波数帯域をカバーすることができなかった。これを克服したのが、アメリカのデュポン社が開発した二酸化クロム磁性材を使用したクロムテープだった。しかし、クロムテープを生産するためには数億円の特許料をデュポン社に払わなくてはならない。しかもク
ロムテープには中低域の出力が足りないという欠点があった。つまりハイ上がりの音だった。日本のメーカーはクロムに対抗するために、クロム磁性材を使用しない新しい磁性材を開発する。これがガンマ酸化鉄で不足していた高域をカバーしたコバルト磁性体だった。1975年TDK、1976年マクセル、1978年ソニーが相次いでコバルト系、ハイポジションテープを発売する。「ステレオ時代」ではTDKとソニーでコバルト系の磁性
体を開発した技術者にインタビューしている。TDKの技術者は梅木信治さん。(写真・右)東工大出身。大学時代から磁性体薄膜をメッキする方法を研究していた。この手法を応用してコバルトを磁性膜に被着させた。ソニーの技術者は北川正隆さん。(写真・左)大阪大学物理学修士課程卒。ソニーに入社し、テープを製造している仙台工場への配属を命じられた時は「騙されたな」と思ったそうだ。
塩化コバルトの投入方法を工夫して商品化にこぎ着けた。
畠山はクロムという黒船の到来に対して国産化で対抗しようと決断したTDKの経営判断の背景とマーケティング戦略について語っている。



2025年6月5日木曜日

長嶋茂雄さん追悼。ブログ(2025/1)再録&ローマでお目にかかる。

  

1月11日、NHKテレビで「長嶋茂雄の世紀」が放送された。

長嶋茂雄、1936年、千葉県佐倉市生まれ。愛称は「ミスタージャイアンツ」。同時代に活躍した王貞治とはともに「ON砲」と称され、2人のバッティングは巨人のⅤ9に貢献した。日本のプロ野球において400本塁打・2000安打の同時達成は大卒では史上初。NPB最多記録となる最多安打を10回獲得。セ・リーグ最多記録となる首位打者を6回獲得した。
ルーキーの1958年、3番サードで先発出場。国鉄のエース金田正一に4打席連続三振を喫した。その全てが渾身のフルスィングだった。1959年天覧覧試合では、4対4で迎えた9回裏、先頭打者の長嶋が阪神の2番手、村山実からサヨナラ本塁打を放つ。1968年、阪神とのダブルヘッター第2試合、4回裏、権藤投手が王選手の後頭部にデットボール。次打席の長嶋は33号の3ランを放つ。さらに8回に2ランを放つ。長嶋の仇討ちといわれる。この3つのできごとは長嶋伝説として語り継がれている。
 その長嶋がどうしてアメリカのメジャーリーグに行かなかったか?1966年、日米野球で来日したドジャースのオマリー会長が「長嶋を譲って欲しい。2年間でいい」。しかし、正力松太郎読売新聞社主は「長嶋がいなくなると、日本の野球は10年遅れる」と断った。元祖・大谷翔平ともいえる長嶋茂雄はメジャーリーグに行くことができなかった。

1987年、世界陸上ローマ大会が開催された。TDKはこの大会のゼッケンスポンサーだった。大会期間中、私は同大会の担当としてローマに滞在した。同大会の模様は日本テレビを通じて日本に生中継された。番組のMⅭを担当されたのは長嶋茂雄さんだった。長嶋さんの謙虚で誠実なお人柄は心に沁みた。(写真上。左から小生、長嶋さん。徳田さん)

2025年6月3日火曜日

「続・ソニー盛田会長との200年の誓い」(2/2)ウソのない社会の為に。

 続編には法廷におけるソニーの証言についての検証結果が記載されている。
ソニーはソニー神社は常陸国出雲大社の高橋宮司に依頼したものではない等の証言をしているが、高橋宮司は全てウソの証言だと語っている。
その一例が、神社の地下に埋められた、盛田会長の「大願意」(写真・左)である。①ここに書かれている盛田昭夫の署名は「本人の筆跡ではないように思われる」と証言している。ソニーともあろう会社が創業者の筆跡を確定せずに証言するというのは不思議である。本人のものでないとしたら、誰がなんのために書いたのか。②と、いいながら、「盛田会長は一人で大願意
を書いた」と証言している。一人で書いたのであれば、本人が書いたものに違いない。③書いた日について「10月19日」と証言しているが、大願意には9月22日と記されている。
このような支離滅裂な証言をソニーはしているのである。この証言について裁判官はなんの質問もせず、その証言を是として裁定を下しているのである。高橋宮司が怒るのは当然だろう。
高橋宮司は裁判に敗れたが、結論ありきと思われる杜撰な裁判の実態を記録を残すべきだという信念のもとにこの本を出版した。高橋宮司は裁判から本の出版まで1千万円を超える私費を投じている。ウソのない当たり前の社会になるのであれば本望だという。それは盛田会長の願いでもあるという。(ソニー神社で創業者の慰霊を敬う盛田会長・写真右)

2025年5月31日土曜日

「続・ソニー盛田会長との200年の誓い」遂に出版(1/2)

 5月27日、「続・ソニー盛田会長との200年の誓い」が遂に発売となった。
この本、初版が発売になったのは2022年12月である。
笠間市にある常陸国出雲大社の高橋宮司は元・ソニー盛田会長から「ソニー神社」の建立を依頼される。ソニー誕生に携わった社員861名の御魂を弔うためである。しかし、この神社は後継経営者によって取り壊される。高橋宮司は神社の再建を求めて提訴。しかし、敗訴する。裁判所はソニーの資金によって建立したものなのでソニーが取り壊しても違法ではないと判断した。この裁判で、ソニーはそもそも神社の建立は高橋宮司に依頼したものではなく島根の出雲大社に依頼したものである。神社の地下に埋もれていた盛田会長の神社建立を願う「大願意」は盛田会長が書いたものではない。などと主張する。
続編で、高橋宮司は常陸国出雲大社の奇跡的な発展を語るとともに、裁判におけるソニーの証言は偽証であると数々の検証をもとに語る。
私は高橋宮司の依頼で初版に続いて続編の監修に当った。本の内容が天下のソニーの告発を含んでいるため、無事出版できるかどうか心配だった。
5月8日、アマゾンを検索した。“「続・ソニー会長との200年の誓い」予約開始”の告知を
発見!この時は本当に嬉しかった。日本は民主主義の国であることを実感した。
高橋宮司は私に語った。「ソニー神社は島根の出雲大社に依頼したもので、あなたは島根の代理人に過ぎない。というソニーのウソの証言は許せない。事実を後世に残すために本を出すのです」と。



2025年5月24日土曜日

グランドゴルフ心技一体、2度目のオール2打賞達成

 私が所属する牛久グランドゴルフクラブでは練習日にワンプレイ(8ホール)で、ホールインワンが3回でると「ダイヤモンド賞」、各ホールを全て2打で回ると「オール2打賞」が出る。16日、「オール2打賞」を達成した。「オール2打賞」はチーム全体で年に10回ほどでる。40名の会員がいるので、会員一人当たり4年に一回は達成できる勘定になる。私が前回「オール2打賞」を達成したのは昨年の1月だった。幸運である。
グランゴルフのコースの長さは15m×2、25m×2、30m×2、50m×2の8ホール。16日の最終プレイ。どのコースも第1打がホールポストの2m以内に着いた。こういう時は心技一体。50%はツキもある。6ホール目まで2打が続くと、最後の2ホールはさすがに意識する。程よい緊張感の中、無我の境地でボールを打つ。
この境地はプロ、アマチュアに関係なく、競技の種類にも関係なく共通したものであると思う。83才になってもこの体験ができるグランドゴルフは素晴らしい競技だと思う。
14日~15日は千葉県白子町で、一泊で大会が開催された。
牛久9時発。11時、旅館着。昼食・休憩後プレー。4時プレー終了。5時から表彰式と宴会(写真)翌日、午前プレー。昼食後白子出発。帰りのバスは白子名産、初たまねぎで一杯だった。14日のプレーは4位、15日のプレーは8位だった。
一泊ゴルフはいつもと違うグランドでプレーする楽しみと、宴会等を通じてメンバーと親睦を深めることもできる。参加費は一泊、プレー代、4回の食事代を含めて16,000円。費用は年々高騰しており、参加者は減少の傾向にある。幹事の方の心労は大きい。