前田さんはホテルマンとして国内のVIPと接したが、はじめて接したVIPは松下電器(現在のパナソニック)の創業者である松下幸之助だったという。
「幸之助氏は藤田観光の役員であった関係で、大阪の松下電器本社から、わざわざ京都国際観光ホテルの理容室に散髪にこられたのです。この時、私は入社して4年目、27才でした。私は幸之助氏のお迎え係をさせられたのです。予め松下電器の総務部から電話が入り、前日、前々日には総務部長、庶務課長など数人が幸之助氏の控室と理容室をチェックしにこられました。控室は4万3千円のスイートルーム。当時の私の月給は2万足らずでした。私はフロント前に幸之助氏をお迎えに上ります。車がご到着すると、ベルキャプテンのツネさんがホテル内にご案内、エレベーターガールの上杉さんが和服姿でエレベーターまでご案内します。スイートルームに入ると大きなガラス窓から二条城の姿が鮮やかに見えます。まるで絵に描いたような光景です。幸之助氏はソファに座られると、京観世の銘菓と、京都一保堂の緑茶を召し上がり、庶務課長と歓談。その後、私は三階にある理容室にご案内しました。理容室のドアを開けると、理容室のスタッフ全員が起立してお迎えしました。理髪を終えられると、幸之助氏は黒塗りのトヨタクラウンにご乗車され帰られました。幸之助氏は小柄で温和、人を圧するようなところは全くありませんでした」
VIPの中には困った方もいたそうです。
「某国の大統領夫人が宿泊することになり、外務省から細かい指示がありました。食事はブタ肉はダメとか、夫人は音大の出身なので、部屋にグランドピアノと最高級のオーディオ装置を置けとかうるさいんです。その費用はホテル負担ですから困ったものです。夫人は靴だけでも何十足も持ってきていましたね。来日の目的は公務ならまだしも観光目的でした。支配人も次回はキッパリお断りするとカンカンでしたね」
前田さんの話は速射砲のように続き、午後2時30分までのランチタイムをオーバー。「どうぞごゆっくり」というレストランスタッフの暖かい言葉を合図に幕となりました。
「幸之助氏は藤田観光の役員であった関係で、大阪の松下電器本社から、わざわざ京都国際観光ホテルの理容室に散髪にこられたのです。この時、私は入社して4年目、27才でした。私は幸之助氏のお迎え係をさせられたのです。予め松下電器の総務部から電話が入り、前日、前々日には総務部長、庶務課長など数人が幸之助氏の控室と理容室をチェックしにこられました。控室は4万3千円のスイートルーム。当時の私の月給は2万足らずでした。私はフロント前に幸之助氏をお迎えに上ります。車がご到着すると、ベルキャプテンのツネさんがホテル内にご案内、エレベーターガールの上杉さんが和服姿でエレベーターまでご案内します。スイートルームに入ると大きなガラス窓から二条城の姿が鮮やかに見えます。まるで絵に描いたような光景です。幸之助氏はソファに座られると、京観世の銘菓と、京都一保堂の緑茶を召し上がり、庶務課長と歓談。その後、私は三階にある理容室にご案内しました。理容室のドアを開けると、理容室のスタッフ全員が起立してお迎えしました。理髪を終えられると、幸之助氏は黒塗りのトヨタクラウンにご乗車され帰られました。幸之助氏は小柄で温和、人を圧するようなところは全くありませんでした」
VIPの中には困った方もいたそうです。
「某国の大統領夫人が宿泊することになり、外務省から細かい指示がありました。食事はブタ肉はダメとか、夫人は音大の出身なので、部屋にグランドピアノと最高級のオーディオ装置を置けとかうるさいんです。その費用はホテル負担ですから困ったものです。夫人は靴だけでも何十足も持ってきていましたね。来日の目的は公務ならまだしも観光目的でした。支配人も次回はキッパリお断りするとカンカンでしたね」
前田さんの話は速射砲のように続き、午後2時30分までのランチタイムをオーバー。「どうぞごゆっくり」というレストランスタッフの暖かい言葉を合図に幕となりました。
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