2012年3月17日土曜日

キーンが体験した日米戦


 藤原書店から発売された「戦場のエロイカシンフォニー」。これは2010年11月、小池政行氏が東京都北区のキーン氏のご自宅を訪ね、対談した記録である。
 ドナルド・キーン氏は太平洋戦線で日本語の通訳官をしていた。以下、キーン氏の談話から抜粋。
●日本は大変、美しい国との印象を漠然と抱いていました。同時に日本軍が中国に侵略し、そこでの行為を知ると中国人に同情を感じました。
●私はもう民族という言葉や概念を嫌うようになりました。いい人もいれば悪い人もいる、それだけでしょう。
●私は、ひょっとすると沖縄の人たちは、実は日本よりアメリカの方が好きではないかと想像しましたが、戦中戦後の時期に限っていえば、それは事実でした。
●とにかく、戦時中、軍は沖縄の人々に対して、大変冷たかったです。要するに、日本人、そして日本軍は沖縄人を同じ民族とは認めていなかったのです。
●さらに原爆の話ですが、まずは京都が候補地があげられそれを当時の陸軍長官のヘンリー・スティムソンが断固として反対したのでした。
●スティムソンが昭和5,6年婦人と共に京都を訪れ、都ホテルに泊まった記録が発見され・・・
●京都の町が地上から消えることなど想像できません。それは単に日本国民にとっての損失に留まらず、人類全体の損失になり、アメリカは末永く世界から批判されたでしょう。
●ある時、私と大変仲の良かった捕虜が「音楽が聴けないのは辛い」と訴えたのでー略ーベートーヴェンの第3を通して聴かせたのです。それは私の戦争体験の中でも、忘れられない一件です。戦時中、確か1944年でしょう。
 キーンは1922年米国生まれ。日本文学研究者。2011年の大震災を契機に日本国籍取得。2008年、日本の文化勲章受章。
(写真は冒頭の書籍より転載)

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