2026年8月8日土曜日

「高市さん憲法をアップデートとおっしゃったけど大丈夫かしら」岩澤さんのつぶやき

 
7月28日、西宮さん、岩澤さんにお目にかかった。
場所は西宮さんの母校、田町の慶応義塾大学だった。
三人が合流した目的は共通の知人であるアメリカ在住のジャーナリスト、佐藤さんに「ジャーナリストとしての経験談」をまとめて欲しいという提案をしようというものだった。
記録を残すということは大切である。慶応義塾大学も福沢諭吉の記録であり遺産なのである。
ところで、話し合いの中で、岩澤さんの「高市さん、憲法をアップデートとおっしゃったけど、大丈夫かしら」というつぶやきが気になった。つまり、憲法は国のあるべき基本である。
世情に合わせて、都度改訂する末端の法律とは次元が違う、アップデートという言葉は似合わない。岩澤さんは元・英国大使館広報担当であ
る。さすがだと思った。
7月27日は中西さんにお会いした。
中西さんは昭和を彩った著名なボーカルグループの録音エンジニアである。中西さんに新橋の炉端焼店「武蔵」を案内していただいた。
このお店は、魚、野菜、肉などのネタを前に和服に帯を締めた職人さんが陣取っており、客の指定したネタを焼いて、なが~い差し棒のお盆に載せて、お客さんに届ける。握り寿司の走りだという。
「武蔵」は日本の食文化を伝承するもので、お店のノウハウも詰まっているようであり、写真撮影禁止だという。「武蔵」は外人客が多いという。




2026年8月4日火曜日

美輪明宏(丸山明宏)さんとの思いで

 
美輪明宏さんが6月20日、亡くなられた。91才だった。
美輪さんとは思いでがある。
私は昭和38年(1963)から42年まで社内報「TDKタイムズ」の編集を担当していた。
「私のアシスタント」という企画があった。これはTDKテープ(当時、シンクロテープ)を愛用している有名人にインタヴューする企画だった。
昭和40年、私は美輪さんのご自宅を訪れて取材し、銀座にある「銀巴里」で原稿のチェックをしていただいた。
原稿の一部を紹介しよう。(1971年、丸山さんは姓を美輪に変えた)
「僕は一匹狼です」レースのようにかぼそい姿体をした丸山さんがこう語った。メケメケは新しい風を芸能界に吹き込んだ。このため、たちまちマスコミの注目を浴びたが、一部の評論家の激しい批判を受け、丸山さんは窮地に追い込まれた。しかし、丸山さんは屈せず、自分の創り出した世界を守り続けた。丸山さんは亜流ではない自分だけの歌に自信と愛情を持っていた。そして、その愛情は舞台の厳しさととなって表れる。「僕は舞台でも自分のすべての力を出しつくすようにしています。ですからいつ死んでも悔いはありません」一時は異端児あつかいさえされた丸山さんも、最近では、その独特な個性の心ゆえに再びマスコミのスポットを浴びるようになった。どうしてだろうか。「世の中の流れが小川から大河になったんでしょう」といって白い狼は静かな笑みを浮かべた。
 丸山さんは長崎生まれ。10才の時に原爆の洗礼を受けた。この頃からピアノと歌の個人レッスンを受け、さらに国立音楽大学で声楽を学んだ。また、この間、二百曲近い曲を作詞作曲した。最近ヒットした「ヨイトマケの歌」もその中の一つだ。
(写真:丸山さんの自宅で畠山が撮影)

2026年7月26日日曜日

男性は女性より平均寿命が6年も短い。頑張ろう!

 
24日、厚生労働省が日本人の平均寿命を発表した。男性81才、女性87才という結果だった。小生は84才の男性。最近、友人知人の訃報が相次いでいる。やはりそうなのかと思った。
私の兄弟と家内(81才)の兄弟はそれぞれ5人であるが、夫に先立たれたケースが3人、妻に先立たれたケースが1人ということで、これも男性が早死にするとい調査結果と合っている。
ところで、女性が長寿というのは海外ではどうなのだろうということでAIに聞いてみた。
世界平均(2026年)では女性76.4年、男性71.2年という結果だった。約5年女性の方が長く生きるという結果で日本と共通している。注目すべきは年齢で、世界平均と比較すると、日本は男女とも海外平均より10年長寿命である。ちなみに女性は世界一、男性は7位だそうだ。日本の女性は元気である。
女性が男性より、どうして長生きなのか?その原因の一つは女性ホルモンにあるという。女性ホルモンには心臓の血管を守る働きと動脈硬化の進行を抑える力があるという。その他、免疫力、遺伝的な面でも男性より優位だという。
最後にAIは、小生向けということで、寿命を延ばすため為のアドバイスをしてくれた。
1,運動(最重要)2,野菜中心の食事+タンパク質確保 3,7~8時間の睡眠 4,ストレスを溜めない習慣 5,人とのつながりを維持する
「運動・食事・睡眠・ストレス管理・社会的つながり」が5本柱だという。
今、小生が特に心がけているのは運動。毎朝、1キロ先のコンビニを目ざして歩く。プラス、グランドゴルフ。グランドゴルフはストレス解消、仲間との交流にもなる。90才以上でプレーしている仲間が数人おり、目標になる。


2026年7月20日月曜日

さすが芸術選賞!江戸家猫八とねづっち

 
7月12日、クラフトシビックホール土浦で行われた「写真館寄席」にでかけた。
「写真館寄席」とは地元出身の落語家を応援しようと、写真館のスタジオで始めたのが名前の由来だという。と、いうわけで、当日の寄席には石岡市出身の立川志のぽんと、小美玉市出身の立川成幸、取手市出身の柳亭一寿の3名が出演した。
ただし、当日の会場は写真館のスタジオではなく、千人近く入る大ホールである。しかも入場料が¥3,500(前売り¥3,000)。
そこで、主催者が企画したのが、東京からゲストを呼ぶことだった。
当日、登場したゲストは漫談のねづっちと動物ものまねの江戸家猫八のお二人。ねづっちについて私はほとんど知識がなかったが、登場して、「ととのいました!」のなぞかけを見て、そうえばテレビで見たことがある。と思いだした。それにしても客席から提示されたお題に即「ととのいました!」と解く、その当意即妙には驚いた。江戸家猫八の動物ものまねも素晴らしかった。先代の江戸家猫八は愛嬌のある顔立ちが印象深いが、今日登場した第5代目猫八は、芸が上品で仕草も洗練されている。
経歴を見ると、猫八は2020年、ねづっちは2024年、芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞している。
ゲストと比較すると、地元出身の3人の落語家はまだまだ粗削りではないかと感じた。これからの精進を期待したい。

2026年7月10日金曜日

秘蔵クラシックLPレコードへの対応。生きた人脈

 古くからの友人である新潟放送OBの伊藤佳祐さんからLPレコードが送られてきた。
伊藤さんが保管されているものもあるが、100才で亡くなられたお兄さんのレコードも含まれているという。お兄さんは著名なワルター・バリリ氏に師事したヴァイオリニストで、ウィーンにも留学されたという。
送られてきたコレクションには、作曲家でありヴァイオリニストでもあったクライスラーが演奏したものとか、世紀の名歌手、シャリアピン、エンリコ・カルーソーのレコードも含まれている。勿論、SPレコードからの復刻盤ではあるが、保存状態も良く、文化財的価値があると思った。
伊藤さんが、私にLPレコードを送ってきた背景には、私がクラシック音楽愛好家グループである「龍ヶ崎ゲヴァントハウス」に所属しているからだという。クラシック音楽に造詣の深いゲヴァントハウスのお役に立てばということだった。
しかし、会には会として保管する場所がないので、会員にコレクションの内容を開示し、関心のある方に贈呈することにした。贈呈する条件として、感想文を寄せてもらうことにした。
第1回、贈呈アルバムとして、クライスラーが演奏した「ベートーベン・ヴァイオリン奏鳴曲全曲(5枚組)」を公開した。
早速、希望者が現れた。その希望者によると、このアルバムは3万円~5万円の価値があると評価をした。また、CDR化して差し上げましょう。という暖かいコメントをいただいた。
ネット等で、LPレコード高額買取という、宣伝を見かける。試しに伊藤さんのアルバムと同種のものについて査定してもらった。が、価値はゼロだった。
伊藤さんが、小生に秘蔵LPへの対応を依頼したのは正解だったのではないかと思う。また、そのような結果になるよう努力したい。

2026年7月4日土曜日

市制40周年記念GG大会でベスト4!サッカーブラジル戦に学ぶ

 
7月3日(金)、開催された牛久市制40周年記念グランドゴルフ大会で4位に入った。ベスト4である。
6月の練習日(月・水・金)の成績はグランドゴルフを初めて最悪の成績だった。通常ホールインワンが月4回~6回でるのに2回しかでなかった。そんな状態だったので、3日の記念大会での入賞はムリ。恥ずかしくない成績で回ることを念頭においた。
グランドゴルフはパー3のホール8ホールを4回まわる。1回24で回ればパープレー、4回回るのでパープレーは96である。経験上、上位入賞をするには70代で回らないといけない。10位以内に入賞するには80代前半でないといけない。
3日の1回目のプレーは24打。パープレーである。この調子で4回まわったら90代になる可能性がある。90代は恥ずかしい。
2回目、女神が付いた。なんとホールインワンが2回もでてしまった。1回目がでた時は、これで80代前半10位以内に入れるかもしれないと思った。2回目でたときは、70代で回れる可能性があり上位入賞できるかもしれない。と思った。前半は36打というビックスコアだった。
問題は後半である。70代を維持するには後半を43打以内に収める必要がある。
ここで思いだしたのはサッカーブラジル戦。日本は後半守りに入って、ブラジルに負けてしまった。後半は攻めで行こうと思った。
後半3回目は22打、4回目は20打で収めた。トータル78打。
男子の部で4位だった。
ホールインワンは運であるが、これを活かせるどうかはセルフコントロールができるか、どうかである。これはグランドゴルフもサッカーも同じではないだろうか。

2026年6月30日火曜日

演歌の巨星、細川たかし牛久で公演。歌唱力に圧倒される。

 

6月24日、夜6時30分から牛久で「細川たかし&長山洋子ふたりのビックショー」の公演があった。
緞帳が上がると、津軽三味線の伴奏とともに2人が登場。ステージの背景には海の怒涛が映る。長山洋子の振袖姿が美しい。牛久の市民ホールが銀座の日劇や新橋演舞場に変わったような錯覚に襲われた。
長山洋子も素晴らしかったが、津軽三味線の妙技も超絶で観衆の拍手に沸いた。そしてなんといっても素晴らしいというか、凄いのが、細川たかしの歌唱力。森進一も五木ひろしも上手いと思うが、2人はどちらかというと個性的な歌い方である。その点、細川たかしは正調な歌い方であり、しかも美声である。
チラシに「魂を込めた」とあるが、これは長山にも細川にも共通していた。テレビでは他の歌手とのバランスなど、番組の方針もあり、好き勝手には歌えないのではないだろうか。ふたりのビックショーだけに、思う存分、美声を響かせ、満場を沸かせた。細川たかし76才。この美声を保つのは並大抵のことでないと思う。
観客は70~80才と思われる老人がほとんど。杖をついている方、車椅子の方もみかけた。会場が牛久市なのに、知っている方が一人もいなかったのは意外。取手、土浦、つくばの細川たかしファンが集まったに違いない。
このビックショーは全国ツアーで、この日は昼、水戸で公演があった。それから舞台を畳んで、夜、これだけの公演をやる。音響、照明等の裏方もさぞ大変だったろうと思う。


2026年6月27日土曜日

京都、大阪、名古屋の旅④ソニー神社の原点

19日、新大阪6時39分発の新幹線に乗車し名古屋に向かう。名古屋で名鉄に乗り換えて名鉄・知多新線上野間駅へ。伊勢湾に面した知多半島の先端(常滑市)である。
上野間駅から盛田昭夫氏が誕生した盛田家を目ざしてひたすら歩く。湾岸沿いで人家は見当たらない。途中、右手に墓地が見えた。ここに盛田家の墓地があるのかもしれない。
盛田家に隣接して盛田昭夫塾がある。2024年5月、私はこの
塾を訪れて盛田昭夫塾生となった。2年前に塾を案内して下さった梶田さんが、今回も案内して下さった。「上野間駅から来るとき、墓地があったが、あすこに盛田家の墓地があるのですか?」と尋ねると、「違います。案内しましょう」。盛田家の墓地は盛田家の後ろの高台にあった。盛田家の墓地の前に「盛田株式会社・物故者従業員慰霊塔」(写真・左上)という石碑があった。盛田家の墓地の向かい側の丘には盛田家が地域の融和と隆盛を願って創建したという白山神社がある。
私は「ソニー神社」の原点はこれだ。と、直観した。
盛田会長はソニー創業当時の社員861名の御霊を鎮めるために「ソニー神社」を創建した。それは盛田家が代々、神社を護り神とし、従業員を大切にしてきたという、盛田家の伝統を継承したものなのである。
その真意を汲みとらずに、「ソニー神社」を解体した盛田会長以降の経営者は倫理的に糾弾されてもしかたがない。盛田会長との誓いを守りソニー神社を再建した(写真・左下)常陸国出雲大社の高橋宮司の姿勢は崇高である。
盛田家・味の館で、梶田さんに、名物の「煮込みうどん」をご馳走になった。盛田家伝統の味噌の味が染みこんだ逸品だった。京都、大阪、名古屋の旅は無事終了した。



2026年6月24日水曜日

京都・大阪・名古屋の旅③金閣寺、さくらんぼコンサート

 
京都駅前にある京都タワーにはニデックの冠がついている。「ニデック京都タワー」という名称である。京都を代表する企業は「京セラ」でも「村田」でもない、「ニデック」だ。という創業者・永守氏の執念である。ニデックの早期の立ち直りを期待する。
ニデック株主総会という現代のドラマを見た後、再び古都京都を鑑賞することにした。清水寺と並ぶ世界文化遺産、金閣寺である。金閣寺は足利義満が応永4年(1397年)西園寺家の山荘を譲り受けた「北山殿」という別邸に舎利殿として建てられたものだという。
山荘だけに市バスで40分ほどかかる。市バスは乗車距離に関係なく240円。Suicaが使用できるので便利である。金閣舎利殿の御札を購入して庭内に入って間もなく、眼前に現れた金の舎利殿を見た時は、まさに息を飲む思いだった。京都の遺産の建物の全てが瓦葺か茅葺といった荘重なものだけに、金箔をはった楼閣は弓矢のように瞼に突き刺さったのである。
3時のJRで京都から新大阪に向かう。乗車した新快速、途中停車したのは高槻だけで、わづか24分で新大阪に到着した。
新大阪のアパホテルにチェックイン。大浴場に入り、深夜バスの疲れを癒す(写真)これで宿泊料6千円。アパホテルは凄い!5時30分、ホテル出発。新大阪駅から2つ目の福島駅下車。ここから徒歩で「ザ・シンフォニーホール」に向かう。7時からこのホールで、山形交響楽団による「さくらんぼコンサート」が開催されるのである。コンサートの途中、居眠りをするのではないかと思っていたが、やあ、実に楽しいコンサートでした。10時、ホテル帰還。コンビニの弁当を食べながらビールをいただき就寝。

2026年6月23日火曜日

京都、大阪、名古屋の旅②株主の糾弾に耐える新社長に感銘

 京都には京セラ、ニデック、村田といった日本が世界に誇るAI関連、ハイテク企業の本社がある。
17日、10時~ニデックの株主総会が京都駅近くのリーガロイヤルホテルで開催される。ニデック(旧社名・日本電産)はAIを使ったロボットなどを自律的に動かすために不可欠な高精度モーターを開発するメーカーであり、人型ロボットの普及などを考えると、日本国としても大切な企業である。しかし、同社は不正や品質を巡る不正が発覚し創業者の永守重信氏が社長を辞任した。辞任後の初総会であり、新社長と株主の応答は熱を帯びるに違いない。(株主といえば、新幹線、グリーン車での来京が常識。深夜バスというのは小生一人だと思う)
清水寺、祇園観光を終えた後、京都駅のコーヒーハウスで、モーニングトーストを食して、会場に向かう。ホテル玄関前にはマスコミの取材チームが待機していた。広い会場で立派なのには驚いた。(写真・開会前の会場)
 議長(新社長)はじめ、取締役、監査役が席に着き、定刻10時に議長がまず、これまでの会計、品質の不正についてお詫び。次いで、社外取締役の大半を入れ替える取締役選任決議案等の議案を説明。質疑応答に入る。①社外取締役、監査役はなぜ不正に気がつかなかったのか②上場廃止にならなと約束して欲しい③永守氏が総会に出席しないのはどうしてか。④家内に内緒で株を買い、なんでいい加減な会社の株を買ったのかと責められている・・・等々、相次ぐ株主に質問に議長は真摯に答え続ける。その姿勢に感銘を受けた。(社長職もこんな時は地獄だなあ・・・)
私は12時30分に退散した。翌日の新聞を見ると、質疑応答は昨年の2倍の13時48分まで続き、会社提案の5議案は可決したとあった。


2026年6月21日日曜日

京都、大阪、名古屋旅行①深夜バスで京都へ

17日、京都、大阪、名古屋旅行スタート。2泊3日の旅程である。2泊の内、1泊はバス車中泊の強行軍。小生84才。無事スケジュールがこなせるか?挑戦である。
旅行中の現地の天気は幸い良さそう。ただし、暑そうなので、半そでシャツの軽装にし、旅行カバンは止め、ショルダーバック1つという軽装にした。
20時50分、出発。駅まで2キロ。徒歩。途中コンビニに寄り、日本酒を購入。お目当て
は「菊水」だが、日本酒売り場にない。あきらめかけて冷凍庫を見たら、ありました〝「菊水」ふなくち一番しぼり゛。21:35牛久駅発の電車に乗る。4人掛けボックスで足を延ばす。夜の車窓を眺めながら、「菊水」のフタを開ける。(写真・左)極上の味が口から五臓六腑に沁みわたる。
上野京成口で、23:10分発京都行きのバスに乗車。3列独立シート。トイレ付。空席が目立つ。「京都到着は6:40予定。途中休憩はありません。運転は2人で行います」というアナウンスの後、車内のライトが消え、即、就寝タイムとなる。ほとんど眠れず、車内の中ほどにあるトイレに3回ほど通った。トイレは清潔で快適。京都で降車したお客様は10人ほどだった。
眠れなかったわりには疲れはほとんどなかったので、朝の京都観光を始めた。まず清水寺である。高校時代の修学旅行以来。記憶を呼び覚ます旅である。(写真・右)その後、祇園に。東京・銀座と同じようなクラブのネオン街があるのには驚いた。それを横切るカタチで花見小路がある。(写真・上)これぞ京都。素晴らしい。ここに軒を連ねる和風のお店で舞妓さんを侍らせて1杯やりたものだと妄想した。

2026年6月12日金曜日

絵画(全日肖展)とパソコンの勉強

9日(火)11時、上野の東京都美術館にでかけた。
「第72回全日肖展」が開催されており、TDK・OBの肖像画家、増田尚三さんの作品が展示されているとのことだった。
増田さんの作品「春光」の前で記念撮影をした。(左端が小生、中央中腰が増田さん)展示品には内閣総理大臣賞、文部大臣賞の作品もあり、増田さんの「春光」はそれらに次ぐ「功労賞」だった。私は絵のことはわからないが、モデルの眼が活き活きしているのが印象に残った。増田さんの解説でも肖像画のポイントの一つは眼力にあるとのことだった。
展示会終了後、TDK・OBの西宮さんと、西宮さんの知人の西村さんと食事をした。西村さんはF銀行OBで、西村さんのルクセンブルク勤務時代、西宮さんは現地で西村さんにお世話になったとのことだった。
14:00から浅草橋にある「TDK柳橋倶楽部」で開催されている「TDKパソコンクラブ」に参加。この日のテーマは「なんでも相談会」。私は「PDF」について質問した。パソコンを操作していると「PDF」という言葉は「ワード」「エクセル」と同じレベルででてくる。つまり初級レベルの用語である。ところが、今日まで、「ワード」を「PDF」で保存する目的を良く理解していなかったのである。「聞くは一時の恥」。残された人生は短い。わかないことは、専門家や若い人に聞く。最近心がけていることである。
遡って2日(火)、友人が私に「こんな原稿を預かっているんですよ」。「読んでみましょう」と私。4日、「なかなか面白い。本にして出版したらどうですか」と私。5日「本人に話をしたところ出版することになりました」。9日、東京へでかける用事があるので出版社に連絡。打合せの了解を得る。6日、本人から電話。「申し訳ない。出版の話、無かったことにして下さい」。ドタキャンでした。

2026年6月2日火曜日

金閣寺、清水寺、平等院、どこへ行こうか?

今月、所用ができて京都、大阪、名古屋に行くことになった。
行きであるが、新幹線で行くのが普通であるが、深夜バスで行くことにした。横3列のゆったりした座席、トイレ付で6千円。新幹線だと1万4千円なので8千円安い。所用時間10時間。84才にもなって深夜バスに乗ることもないのだが、幸い元気なのである。
京都に朝6時40分に着く。所用は駅近くのホテルで10:00~12:00まで。当日は大阪に泊まる。つまり、朝と午後、京都観光が可能である。
京都観光となると、高校以来である。中学、高校と秋田だった。中学の修学旅行は東京だった。高校になって東京に京都観光が加わった。高校時代のアルバムを見ると、東京は皇居、京都は清水寺、平安神宮、宇治平等院で撮影した集合写真が掲載されていている。
それから66年。アルバムの世界に行って見よう。
ネットで京都観光を調べてみると、世界遺産、国宝が名を連ねている。京都御所、二条城、清水寺、金閣寺(写真)、ちょっと足を延ばせば、宇治平等院、東大寺、法隆寺ときりがない。
限られた時間で選ぶとすれば、金閣寺、清水寺だろうか?人生の最後を思うのであれば、極楽浄土を地上に再現した平安時代の建築美芸術の結晶といわれる宇治平等院ははずせない。
出発まで、まだ時間があるので、じっくり検討しよう。
大阪のホテルは大浴場付のアパホテルを予約した。
大浴場で深夜バスと京都観光の疲れを癒し、夜はコンサートにでかける。
次の日は新幹線で名古屋に向かい、名古屋で所用を済まして、夕方には牛久に帰る。

2026年5月28日木曜日

茨城県の「街の住み心地ランキング」1位は守谷市、牛久市は5位

今朝の読売新聞、茨城版を見た。不動産大手、大東建託(東京)が27日発表した「街の住みここちランキング」(茨城県)で、守谷市が8年連続の一位だった。守谷市の1位はつくば

エクスプレスで秋葉原まで30分という立地なので納得。2位はどこかというと東海村とある。東海村は原子力発電の関連施設があり、固定資産税による収入を活かした高い行政サービスが評価されたとある。3位のつくば市も国の行政機関が多く、財政が豊かである。4位のひたちなか市は日立製作所のある日立市と県庁所在市である水戸市の中間に位置し、ベットタウンとして発展している。

わが街、牛久市がこれらに続いて5位になったの素晴らしい。周辺には取手市、龍ヶ崎市、土浦市があるが、その3都市をおさえての5位である。取手、龍ヶ崎、土浦の3都市は、なによりも旧商店街の疲弊が痛々しい。牛久はその点、発展途上のイメージがある。つくばに近く、JRの駅が「うしく」「ひたちのうしく」と2つある。牛久シャトー、牛久大仏という観光拠点もある。牛久は利根川を渡った、ゆるやかな台地に位置しており、災害の心配もない。私の住む刈谷団地は牛久駅から1、5キロと距離はあるが、近くにスーパー「カスミ」ができて便利になった。住宅地は整備が行き届き、「閑静」なことは抜群である。

写真上は稀勢の里、優勝記念パレードで沸き立った時の牛久市。写真下は牛久駅から徒歩10分、牛久シャトーの豊かな自然。

2026年5月17日日曜日

東京三田倶楽部で友人と会う。友人あっての人生

 5月12日(火)、TDKパソコンクラブ定例会の開催日である。集合は1時30分。
前夜、せっかく東京にでかけるのに、パソコンクラブだけではもったいない。と思いはじめた。できたら友人と会って情報交換をしたい。しかし、前の晩「明日空いてないか?」と連絡できるような友人って、いるのだろうか?Nさんだったら付き合ってくれるかもしれない。
こういう時はスマホの「ライン」がいい。「明日、東京へでかけるが、昼頃空いてませんか?」とNさんに送信した。即答はなかった。翌朝6時、「ライン」を見ると、「空いてます。11:30分、東京三田倶楽部でどうですか」というメッセージが入っていた。Nさん、ありがとう。
11:30分、銀座にある「東京三田倶楽部」でNさんにお目にかかった。(三田倶楽部は慶応大学OBが運営する倶楽部である。入会するには2人の会員の推薦が必要など厳しい。年会費も高額である。)
Nさんは早速近況を語りはじめた。「80近い老人がおかしいと思うかもしれませんが、家を新築しようと思っています。」といって設計図面をとりだした。2階は生活スペースだが1階は音楽・オーディオスペース。グランドピアノを設置する予定だという。帰りぎわ、6月東京都美術館で行われる「全日肖展」の招待券をいただいた。

人生後半、お金も大事だが、健康と友人が大切ということを痛感するこの頃である。
後日、Nさんから「全日肖展」には友人も同行します。友人はF銀行OBです。彼は絵画が趣味です。展示会終了後、食事をご一緒しましょう。というメールが入った。


2026年5月10日日曜日

盛田会長の思い「ソニー神社」再建。天乃鳥舟神社竣功

5月7日(木)11時から茨城県笠間市にある常陸国出雲大社の境内で天乃鳥舟神社の竣功式が行われた。
同大社によると、天乃鳥舟とはあの世とこの世を行ききするお舟であり、古事記にそのいわれが記載されているという。天乃鳥舟の舟上に神社が祀られている。この神社は平成30年
(2018)解体されたソニー神社を再建したものである。
ソニー神社は平成5年(1993)ソニーの盛田会長が、同社創業当時の社員861名を祀るために常陸国出雲大社の高橋宮司に依頼してソニー本社内に創建したものである。しかし、盛田会長死去後、2018年、後継経営者によって取り壊される。
高橋宮司は盛田会長と2百年(盛田会長の真意は2千年。つまり永遠)にわたってソニー神社を御守りすると約束しており、その誓いを守るために笠間市にある常陸国出雲大社境内に天乃鳥舟神社を創建し舟上にソニー神社を再建たのである。
私は盛田昭夫塾生として竣功式に参列した。
高橋宮司が盛田会長と神社創建の約束をしたのは平成4年だった。この時、盛田会長70才。前年には勲一等瑞宝章を授与されていた。高橋宮司は44才だった。高橋宮司は「神社を創建するのであれば、島根の出雲大社に依頼されたらどうですか?」と進言。「いや、貴方に頼みたい」と盛田会長。盛田会長は出自にこだわらず、天性の感性により、高橋宮司が類稀な宗教家であることを見抜いていたのである。ソニー神社が完成した時、盛田会長は高橋宮司を「先生」と呼んだ。
天乃鳥舟神社は亡き盛田会長の期待に応えるために高橋宮司が全知全能を傾けた独創性に溢れた神社である。




2026年5月6日水曜日

5月連休。ステレオ蘇る。スマホ純正ケース。そして菖蒲湯

 
5月の連休は充実していた。
 まずはオーディオ装置。今年聴いたマーラーの千人交響曲、ワーグナーのオランダ人、沖澤のぶかのナマ演奏の迫力が、わが家のオーディオ装置では蘇らない。50万円そこそこのオーディオ装置で蘇ることはないのだが、それにしても貧相である。アマゾンを検索して、デノンのCDプレーヤ(中古)を2万円で購入。さすが、デノン。本格的な音である。音の広がり、奥行きが各段に違う。わが家のアンプ、スピーカでも、こんな音がするのか。と驚く。
が、その後がいけなかった。音飛び発生。CDを変えてもダメ。2万円だから止むを得ない。3日、地元、中古販売店。hard OFF牛久店に行く。ありました。デノンの2015年発売モデルが6万6千円(定価12万円)。6ケ月保証とある。音飛びはなし。これで数千枚あるCDを本格的な音で楽しむことができる。6万6千円は安い。と自問自答し、自己満足(上段がHard OFFで購入したCDプレーヤ、下は従来から使用しているデノン製プリメインアンプ)
5日、末の孫娘がやってきた。「お爺ちゃん、スマホのカバー買ってきたよ」ということだった。孫娘は2日、パパと一緒にわが家にやってきた。その時、孫娘のスマホを見て驚いた。
サイズは大きいし、重い。「凄いね」というとパパが「そのスマホ、20万円だって」。え!である。その時、私はhard OFFに行った時、スマホケースの中古品があったので150円で買って、細工をした話をした。話を聞きながら、孫娘は私のスマホの機種をメモしていた。5日、孫娘は純正品のカバーを買ってきてくれたのだった。(左が中古品、右が純正品)孫娘にとってスマホは爺さんのオーディオコンポと同じ。中途半端にはできないのだと思った。
5日は菖蒲湯だった。家内の志に感謝しながら入浴。菖蒲の香りに包まれて孫娘の志にも感謝した。


2026年5月4日月曜日

日本の知識層をリードする朝日新聞にお願い。新聞販売店店主が可哀想です。

先月の20日頃だったと思う。
昼頃、固定電話のベルが鳴った。女性の声だった。「朝日新聞です。4月28日~5日間、無料で新聞をお届けしますのでご覧になってくれませんか」という内容だった。了解した。わが家は昔、朝日新聞だったが、読売新聞に切り替えた。最近の朝日新聞はどうなのか、興味があった。私のイメージでは朝日はインテリ向け、読売は大衆向けというイメージだった。
久しぶりに朝日新聞を読んで昔と変わってないな。と思った。特に5月1日の新聞に特徴が表れていた。「水俣病70年」ということで、トップ記事、天声人語、社説、社会面、それに全面特別企画が加わって、”水俣病の全容解明から目をそらす国”を糾弾していた。アッケラカンと巨人軍のPRをする読売新聞もどうかと思うが、読売新聞の方が明るい。
5日間の無料試読が終わったら、読後の感想文でも聞かれるのかと思ってたら、私の留守中、新聞販売店の方が石鹸持参で「読売新聞から朝日新聞に変えて欲しい」と訪れたという。次の日、再び来宅された販売店店主に「紙面の内容が昔と変わっていない」とお断りした。店主の方は無言のまま石鹸を積んだバイクに乗って去って行った。
その後ろ姿がみじめだった。可哀想だった。
日本ABC協会のレポートによると、2025年8月の発行部数は読売新聞536万部、朝日新聞320万部、毎日新聞に117万部だという。毎日新聞の場合、採算が合わず、一部の県では宅配を止めたという。
朝日新聞にお願いしたい。新聞としての主張は基本だが、発行部数が伸びるような紙面づくりをして欲しい。販売店の店主が石鹸持参で拡販にくるなど時代錯誤です。店主が可哀想です。日本の知識層をリードする朝日新聞でしょう。頑張って下さい。

2026年5月1日金曜日

90才、折り目正しいK先輩

 
4月28日、K先輩と食事をした。
K先輩、独身寮時代からお世話になった方である。
今年、めでたく90才になられたというので、お食事にお誘いしたのである。K先輩、我孫子にお住まいである。「それなら、取手で鰻でも食べましょう」ということだった。我孫子にも美味しい鰻屋があると思うが、私が牛久なのでK先輩は中間の取手を指名されたのである。
K先輩とはそういう方である。いつも後輩の私に気遣う。ご一緒に食事をしても、ご自分で払ってしまう。
K先輩が不測の事態のために携帯の電話番号を送信してこられた。牛久駅に向かう途中、時間確認のため、歩きながらスマホの電源を入れた。なんと画面が真っ暗である。電池切れだった。いつも充電には気をつけていたが、こんなことは初めてである。
取手の待ち合わせ時間は11時45分。一本早い電車に乗って、予約した鰻屋「和音」の場所を確認するつもりだった。しかし、牛久駅についたら、一本早い電車はすで発車していた。途中でスマホをいじっていたことと、歩くスピードが遅くなったためである。若い時のように電車に間に会わないので走るといったこともできなくなった。
取手駅に着くとK先輩が待っていた。「携帯に電話したんだけど」と笑われた。
駅を後にして「和音」を目ざして歩きはじめる。方向が違うことに気づいた。幸い若い郵便配達員がいたので「和音」はどちらですか?と尋ねると、こちらですと親切に教えてくださった。来た道を50mほどもどり、左折して無事辿りついた。
 K先輩の「最近は、なんの連絡もなく、年賀状を止める知り合いがいるので淋しい」という一言が印象に残った。そういえば、「返事をしないのも意思表示の一つ」というのが、最近は常識になっている。改めて、K先輩は折り目正しい方だと思った。
 私もK先輩のように90才まで折り目正しい生活ができるよう精進したい。


2026年4月22日水曜日

んだ、んだ、まんず一杯「秋田県人会」

 4月19日12時から首都圏秋田県人会連合会の第72期、定期総会と懇親会があり、アルカディア市ヶ谷にでかけた。参加費は1万円。(去年は8千円だったと思うが、ここにもトランプの戦争の影響が・・・?)
総会が終わって、いよいよお待ちかねの懇親会。
ところが、乾杯までの道のりの長いこと。「開会のことば」「県民歌斉唱」「会長あいさつ」「来賓紹介、祝電披露」「来賓あいさつ」「今期の新たな取組紹介」「鏡開き」と続く。乾杯の音頭は在京秋田県高等学校同窓会会長(代理)だった。
この県人会は昭和31年にはじまり、今年が70周年。初代会長が秋田の名門、佐竹氏で、当時は秋田出身の名士の集いだったという。現在は秋田県出身者に限らず、秋田に愛着のある方であれば誰でも入会できる。
こんな機会がないと秋田県民歌は歌えないが、その歌詞が秋田の自然を良く表している。
「秀麗無比なる鳥海山よ、狂瀾吼え立つ男鹿半島よ、神秘の十和田は田沢とともに、
世界に名を得し、誇りの湖水、山水皆これ詩の国秋田」
 懇親会がはじまると「オレ本荘だ」「オレ大館だ」「オレ湯沢だ」「まんず一杯」と一気に座が和む。酒はビール、ウィスキー、ワイン、焼酎、日本酒、飲み放題。秋田の地酒が多い。秋田のガッコ(漬物)をいただきながら飲む酒は最高!
調子に乗って飲むと、家内が待つ家(茨城・牛久)に帰れなくなるので1時間ほどで退散した。