2026年6月12日金曜日

絵画(全日肖展)とパソコンの勉強

9日(火)11時、上野の東京都美術館にでかけた。
「第72回全日肖展」が開催されており、TDK・OBの肖像画家、増田尚三さんの作品が展示されているとのことだった。
増田さんの作品「春光」の前で記念撮影をした。(左端が小生、中央中腰が増田さん)展示品には内閣総理大臣賞、文部大臣賞の作品もあり、増田さんの「春光」はそれらに次ぐ「功労賞」だった。私は絵のことはわからないが、モデルの眼が活き活きしているのが印象に残った。増田さんの解説でも肖像画のポイントの一つは眼力にあるとのことだった。
展示会終了後、TDK・OBの西宮さんと、西宮さんの知人の西村さんと食事をした。西村さんはF銀行OBで、西村さんのルクセンブルク勤務時代、西宮さんは現地で西村さんにお世話になったとのことだった。
14:00から浅草橋にある「TDK柳橋倶楽部」で開催されている「TDKパソコンクラブ」に参加。この日のテーマは「なんでも相談会」。私は「PDF」について質問した。パソコンを操作していると「PDF」という言葉は「ワード」「エクセル」と同じレベルででてくる。つまり初級レベルの用語である。ところが、今日まで、「ワード」を「PDF」で保存する目的を良く理解していなかったのである。「聞くは一時の恥」。残された人生は短い。わかないことは、専門家や若い人に聞く。最近心がけていることである。
遡って2日(火)、友人が私に「こんな原稿を預かっているんですよ」。「読んでみましょう」と私。4日、「なかなか面白い。本にして出版したらどうですか」と私。5日「本人に話をしたところ出版することになりました」。9日、東京へでかける用事があるので出版社に連絡。打合せの了解を得る。6日、本人から電話。「申し訳ない。出版の話、無かったことにして下さい」。ドタキャンでした。

2026年6月2日火曜日

金閣寺、清水寺、平等院、どこへ行こうか?

今月、所用ができて京都、大阪、名古屋に行くことになった。
行きであるが、新幹線で行くのが普通であるが、深夜バスで行くことにした。横3列のゆったりした座席、トイレ付で6千円。新幹線だと1万4千円なので8千円安い。所用時間10時間。84才にもなって深夜バスに乗ることもないのだが、幸い元気なのである。
京都に朝6時40分に着く。所用は駅近くのホテルで10:00~12:00まで。当日は大阪に泊まる。つまり、朝と午後、京都観光が可能である。
京都観光となると、高校以来である。中学、高校と秋田だった。中学の修学旅行は東京だった。高校になって東京に京都観光が加わった。高校時代のアルバムを見ると、東京は皇居、京都は清水寺、平安神宮、宇治平等院で撮影した集合写真が掲載されていている。
それから66年。アルバムの世界に行って見よう。
ネットで京都観光を調べてみると、世界遺産、国宝が名を連ねている。京都御所、二条城、清水寺、金閣寺(写真)、ちょっと足を延ばせば、宇治平等院、東大寺、法隆寺ときりがない。
限られた時間で選ぶとすれば、金閣寺、清水寺だろうか?人生の最後を思うのであれば、極楽浄土を地上に再現した平安時代の建築美芸術の結晶といわれる宇治平等院ははずせない。
出発まで、まだ時間があるので、じっくり検討しよう。
大阪のホテルは大浴場付のアパホテルを予約した。
大浴場で深夜バスと京都観光の疲れを癒し、夜はコンサートにでかける。
次の日は新幹線で名古屋に向かい、名古屋で所用を済まして、夕方には牛久に帰る。

2026年5月28日木曜日

茨城県の「街の住み心地ランキング」1位は守谷市、牛久市は5位

今朝の読売新聞、茨城版を見た。不動産大手、大東建託(東京)が27日発表した「街の住みここちランキング」(茨城県)で、守谷市が8年連続の一位だった。守谷市の1位はつくば

エクスプレスで秋葉原まで30分という立地なので納得。2位はどこかというと東海村とある。東海村は原子力発電の関連施設があり、固定資産税による収入を活かした高い行政サービスが評価されたとある。3位のつくば市も国の行政機関が多く、財政が豊かである。4位のひたちなか市は日立製作所のある日立市と県庁所在市である水戸市の中間に位置し、ベットタウンとして発展している。

わが街、牛久市がこれらに続いて5位になったの素晴らしい。周辺には取手市、龍ヶ崎市、土浦市があるが、その3都市をおさえての5位である。取手、龍ヶ崎、土浦の3都市は、なによりも旧商店街の疲弊が痛々しい。牛久はその点、発展途上のイメージがある。つくばに近く、JRの駅が「うしく」「ひたちのうしく」と2つある。牛久シャトー、牛久大仏という観光拠点もある。牛久は利根川を渡った、ゆるやかな台地に位置しており、災害の心配もない。私の住む刈谷団地は牛久駅から1、5キロと距離はあるが、近くにスーパー「カスミ」ができて便利になった。住宅地は整備が行き届き、「閑静」なことは抜群である。

写真上は稀勢の里、優勝記念パレードで沸き立った時の牛久市。写真下は牛久駅から徒歩10分、牛久シャトーの豊かな自然。

2026年5月17日日曜日

東京三田倶楽部で友人と会う。友人あっての人生

 5月12日(火)、TDKパソコンクラブ定例会の開催日である。集合は1時30分。
前夜、せっかく東京にでかけるのに、パソコンクラブだけではもったいない。と思いはじめた。できたら友人と会って情報交換をしたい。しかし、前の晩「明日空いてないか?」と連絡できるような友人って、いるのだろうか?Nさんだったら付き合ってくれるかもしれない。
こういう時はスマホの「ライン」がいい。「明日、東京へでかけるが、昼頃空いてませんか?」とNさんに送信した。即答はなかった。翌朝6時、「ライン」を見ると、「空いてます。11:30分、東京三田倶楽部でどうですか」というメッセージが入っていた。Nさん、ありがとう。
11:30分、銀座にある「東京三田倶楽部」でNさんにお目にかかった。(三田倶楽部は慶応大学OBが運営する倶楽部である。入会するには2人の会員の推薦が必要など厳しい。年会費も高額である。)
Nさんは早速近況を語りはじめた。「80近い老人がおかしいと思うかもしれませんが、家を新築しようと思っています。」といって設計図面をとりだした。2階は生活スペースだが1階は音楽・オーディオスペース。グランドピアノを設置する予定だという。帰りぎわ、6月東京都美術館で行われる「全日肖展」の招待券をいただいた。

人生後半、お金も大事だが、健康と友人が大切ということを痛感するこの頃である。
後日、Nさんから「全日肖展」には友人も同行します。友人はF銀行OBです。彼は絵画が趣味です。展示会終了後、食事をご一緒しましょう。というメールが入った。


2026年5月10日日曜日

盛田会長の思い「ソニー神社」再建。天乃鳥舟神社竣功

5月7日(木)11時から茨城県笠間市にある常陸国出雲大社の境内で天乃鳥舟神社の竣功式が行われた。
同大社によると、天乃鳥舟とはあの世とこの世を行ききするお舟であり、古事記にそのいわれが記載されているという。天乃鳥舟の舟上に神社が祀られている。この神社は平成30年
(2018)解体されたソニー神社を再建したものである。
ソニー神社は平成5年(1993)ソニーの盛田会長が、同社創業当時の社員861名を祀るために常陸国出雲大社の高橋宮司に依頼してソニー本社内に創建したものである。しかし、盛田会長死去後、2018年、後継経営者によって取り壊される。
高橋宮司は盛田会長と2百年(盛田会長の真意は2千年。つまり永遠)にわたってソニー神社を御守りすると約束しており、その誓いを守るために笠間市にある常陸国出雲大社境内に天乃鳥舟神社を創建し舟上にソニー神社を再建たのである。
私は盛田昭夫塾生として竣功式に参列した。
高橋宮司が盛田会長と神社創建の約束をしたのは平成4年だった。この時、盛田会長70才。前年には勲一等瑞宝章を授与されていた。高橋宮司は44才だった。高橋宮司は「神社を創建するのであれば、島根の出雲大社に依頼されたらどうですか?」と進言。「いや、貴方に頼みたい」と盛田会長。盛田会長は出自にこだわらず、天性の感性により、高橋宮司が類稀な宗教家であることを見抜いていたのである。ソニー神社が完成した時、盛田会長は高橋宮司を「先生」と呼んだ。
天乃鳥舟神社は亡き盛田会長の期待に応えるために高橋宮司が全知全能を傾けた独創性に溢れた神社である。




2026年5月6日水曜日

5月連休。ステレオ蘇る。スマホ純正ケース。そして菖蒲湯

 
5月の連休は充実していた。
 まずはオーディオ装置。今年聴いたマーラーの千人交響曲、ワーグナーのオランダ人、沖澤のぶかのナマ演奏の迫力が、わが家のオーディオ装置では蘇らない。50万円そこそこのオーディオ装置で蘇ることはないのだが、それにしても貧相である。アマゾンを検索して、デノンのCDプレーヤ(中古)を2万円で購入。さすが、デノン。本格的な音である。音の広がり、奥行きが各段に違う。わが家のアンプ、スピーカでも、こんな音がするのか。と驚く。
が、その後がいけなかった。音飛び発生。CDを変えてもダメ。2万円だから止むを得ない。3日、地元、中古販売店。hard OFF牛久店に行く。ありました。デノンの2015年発売モデルが6万6千円(定価12万円)。6ケ月保証とある。音飛びはなし。これで数千枚あるCDを本格的な音で楽しむことができる。6万6千円は安い。と自問自答し、自己満足(上段がHard OFFで購入したCDプレーヤ、下は従来から使用しているデノン製プリメインアンプ)
5日、末の孫娘がやってきた。「お爺ちゃん、スマホのカバー買ってきたよ」ということだった。孫娘は2日、パパと一緒にわが家にやってきた。その時、孫娘のスマホを見て驚いた。
サイズは大きいし、重い。「凄いね」というとパパが「そのスマホ、20万円だって」。え!である。その時、私はhard OFFに行った時、スマホケースの中古品があったので150円で買って、細工をした話をした。話を聞きながら、孫娘は私のスマホの機種をメモしていた。5日、孫娘は純正品のカバーを買ってきてくれたのだった。(左が中古品、右が純正品)孫娘にとってスマホは爺さんのオーディオコンポと同じ。中途半端にはできないのだと思った。
5日は菖蒲湯だった。家内の志に感謝しながら入浴。菖蒲の香りに包まれて孫娘の志にも感謝した。


2026年5月4日月曜日

日本の知識層をリードする朝日新聞にお願い。新聞販売店店主が可哀想です。

先月の20日頃だったと思う。
昼頃、固定電話のベルが鳴った。女性の声だった。「朝日新聞です。4月28日~5日間、無料で新聞をお届けしますのでご覧になってくれませんか」という内容だった。了解した。わが家は昔、朝日新聞だったが、読売新聞に切り替えた。最近の朝日新聞はどうなのか、興味があった。私のイメージでは朝日はインテリ向け、読売は大衆向けというイメージだった。
久しぶりに朝日新聞を読んで昔と変わってないな。と思った。特に5月1日の新聞に特徴が表れていた。「水俣病70年」ということで、トップ記事、天声人語、社説、社会面、それに全面特別企画が加わって、”水俣病の全容解明から目をそらす国”を糾弾していた。アッケラカンと巨人軍のPRをする読売新聞もどうかと思うが、読売新聞の方が明るい。
5日間の無料試読が終わったら、読後の感想文でも聞かれるのかと思ってたら、私の留守中、新聞販売店の方が石鹸持参で「読売新聞から朝日新聞に変えて欲しい」と訪れたという。次の日、再び来宅された販売店店主に「紙面の内容が昔と変わっていない」とお断りした。店主の方は無言のまま石鹸を積んだバイクに乗って去って行った。
その後ろ姿がみじめだった。可哀想だった。
日本ABC協会のレポートによると、2025年8月の発行部数は読売新聞536万部、朝日新聞320万部、毎日新聞に117万部だという。毎日新聞の場合、採算が合わず、一部の県では宅配を止めたという。
朝日新聞にお願いしたい。新聞としての主張は基本だが、発行部数が伸びるような紙面づくりをして欲しい。販売店の店主が石鹸持参で拡販にくるなど時代錯誤です。店主が可哀想です。日本の知識層をリードする朝日新聞でしょう。頑張って下さい。