2011年10月15日土曜日

高校同窓コンペ。来週もコンペ・・・。



 13日、栃木県のピートダイゴルフ場・VIPコースで高校同窓生のコンペが行われた。といっても参加者は4名。地元・宇都宮で材木商を営む佐藤宣男(幹事)、秋田で養豚業を営む阿部秀夫、市原在住で元農林省役人の藤田清、と小生。距離もありトリッキーなコースに全員苦労。優勝は小生だった。
 終わってから、鬼怒川温泉に行き、宴会。この宴会には山形でビル清掃業、飲食業を営む村上廣美も参加。
 宴会での話題の中心はやはり、東日本大震災。
 阿部君の話によると、養豚の餌づくりの会社は太平洋岸に集中していて地震の被害に遭い、1週間、餌が入荷しなかったという。在庫の餌でなんとか、数百頭の豚の命を繋いだという。
 村上君の話。今まではビルの清掃業というと、人に笑われたが、独自開発した高圧洗浄機を所有していたため、除染作業の開始と相まって、超多忙とのこと。
 復興需要は芽生え始めているようだ。来年は景気が持ち直し、コンペの参加者が増えることを期待する。
 21日は会社OBのコンペが鬼怒川カントリーで行われる。帰り道によってみたが、フラットで風格に溢れてい るコースだった。体調を整えて参加したい。
(写真は豪華なピートダイゴルフ場の倶楽部ハウスと、鬼怒川カントリーのコース)

2011年10月12日水曜日

東京お出かけ


 
昨日(11日)東京へ行く。
 
 10:30 キャノン銀座サービスセンター。10日、土浦イオンでインクタンクを購入したが、326番の品種を購入すべきところ、321番を購入してしまった。交換できないか相談。両方のデザインが似ており、シニアでも間違わないようなデザインにするよう要望。
 11:00 歌舞伎座(工事中)近くの喫茶ルーム橘苑。野原博さん、太田昌純さんと会う。支援しているC社のCDについて進捗確認。年をとっても仕事にかかわれることの幸せを実感。
 
 13:30 飯田橋にある野澤龍介さん(元レコード芸術・編集長)の事務所訪問。12月3日、竜ヶ崎市の音楽同好会「ゲヴァント・ハウス」での講演を依頼。テーマは「21世紀のクラシックレコード事情」となる。
 
 15:00 浅草橋・TDK柳橋倶楽部「TDK・OBパソコンクラブ」例会に出席。
講師は辻井敞さん。(元・TDKアメリカ社長)集合写真にその写真を写したカメラマンを入れ込むテクニックを紹介。デジタルの加工技術は凄いと思ったが、デジタル写真は事件などの証拠にはなりえないと感じた。18:00からは親睦会。長野から奈良常明さん(元・ビデオ技術部長)参加。旧交を暖める。

2011年10月4日火曜日

関東の嵐山、烏山でのアユ料理




 3日は私が住む、刈谷団地ベテランズクラブ(老人クラブ)の日帰り旅行だった。
喜ぶべきか、悲しむべきか、私もベテランズクラブのメンバーなのである。
 8時、市のバスに乗車して、クラブ員45名出発。
 目指すは栃木県烏山市にある、那珂川の渓流。ここで、天然アユを食しながら美味しいお酒をいただこうという趣向である。
 前方の座席は先輩達にゆずり、若手の私は一番奥の後部座席に席をとった。
 ところが、この席、わけありの座席だった。
 常磐高速に乗ったところで、隣の席の先輩Hさんが魔法瓶をとり出してコップに液体を注ぎ美味しそうに飲みだす。その内、反対側窓側の座席の先輩Iさんが、「家の水」ですと、コップを差出す。Iさん宅の座敷には水が湧いているという。飲んでみると、キンキンに冷え、焼酎の味がする。これが美味しい。
 先輩達と今話題の朝霞の公務員住宅の話などしている間にバスは那珂インターを降り、国道118号、293号線と走る。山道の後部座席は結構揺れる。
 隣の座席の先輩が急に静かになった。話かけても応答がない。体が前かがみになり、「苦しい」と一言。丁度、バスは道の駅「みわ」に到着。車内は大騒ぎとなり、同乗していた市会議員の杉森さんが携帯で救急車を呼ぶ。アユ料理を楽しみにしていたHさんは残念ながら救急車で病院へ向う。
 「みわ」を出発するとほどなく、天然あゆ料理で有名な「ひのきや」に到着。
関東の嵐山といわれるだけあって、那珂川とバックの山が美しい景観をなしている。
 ただ、残念なことに、簗は台風で流され、アユを捕獲するところをみることはできなかった。しかし、炭火で焼くアユ料理は野趣豊かで、お酒の味も最高!
 これで会費¥2,500。来年も参加したいものだ。幹事役の旅行部の先輩達に感謝!
 
 それにしても、朝酒ができる元気な先輩が沢山いるのには驚いた。
 
 
 

2011年9月30日金曜日

「棚橋村」「NYからきた説法士」

     (左から佐藤則男、湯川れい子、真鍋圭子)
    
 28日(水)はどうしてもブログに書き残しておかなければならない出来事が二つあった。
 
 ●グーグルで「棚橋村の広場」を検索。なんと、頁が開いたではないか。棚橋村の管理人である、棚橋和夫さんは間もなく80歳。昨年心筋梗塞で倒れられ、年初は音信不通だったので、不死身の棚橋さんも、もしやと不安だった。その後も棚橋さんは冠動脈バイパス手術、胆嚢切除、大腸癌手術という大手術を行い、生死の間を彷徨ったという。
 現役時代、小生はレコードメーカー相手の営業、棚橋さんは録音部長だった。42年前の写真を見ながら、棚橋先輩のますますのご活躍を祈っている。
 ●ニューヨーク在住の佐藤則男さんが来日している。2時に有楽町のニュートキョーでお会いして6時まで語りあった。佐藤さんはジャーナリストだが、その情熱的な語り口は昔とちっとも変っていない。35年前、米国に出張した時、佐藤さんにアテンドしていただいた。ホテルに帰ると佐藤さんのマーケティング説法がはじまる。なかなか寝せてもらえない。これにはいささか辟易した。今回、佐藤さんは政治家や文化人と会い、35年前と同じように説法をしている。”日本をなんとか元気にするために”。ところで、話の途中で佐藤さんが電話をしはじめた。佐藤さんは相手と数分話した後、電話を私に差し向けた。受話器の向こうから、”上品な女性の声”が聞こえてきた。その方は今を時めく著名な日本画家だった。テレビでもその作品が紹介され、私もその素晴らしさに感嘆した記憶がある。

2011年9月26日月曜日

「高文会」「出雲大社・常陸教会」

   (出雲大社・常陸教会”仙雲亭”にて。中央、小生と高橋会長)
(東工大・百年記念館”フェライト記念会議室”の前で。左から浜崎宏、廣本潔、渋谷敏則、山来登、佐藤敬治)

 22日、「高文会」の定例会があった。
「高文会」とはTDKの創業者の一人である高尾三郎の文集を編集したメンバーの会である。年2回開催する。若手ということで小生が幹事を仰せつかっている。
 この日は懇親会の前に目黒区・大岡山にある東京工業大学の百年記念館を見学した。
 実はTDKは同大教授、加藤与五郎、武井武両博士が発明した磁性材料フェライトを工業化するために、昭和10年創立した会社である。TDKの旧社名は東京電気化学工業というが、この社名は東京工業大学・電気化学科に由来している。
 24日、笠間市にある出雲大社・常陸教会に行った。
この教会は義弟・高橋正宣が数十億を投資して造ったもので、来年造営20年目となる。今では東の笠間稲荷と並ぶ勢いである。
 当日は同教会が昨年開園した樹木葬霊園お休み処「仙雲亭」のお披露目が行われた。(3月完成したが、翌日東日本大震災の被害に遭い、今月のお披露目となった。)
 霊園頂上に建てられた「仙雲亭」は笠間の杜に囲まれ、そこでいただく抹茶の味は格別だった。
 霊園の売れ行きは順調とのことだったが、ペットと一緒に入りたいというお客様もいらっしゃるとのこと。急遽、別区画でペットの霊園も作ることになったとか・・・。
 造営20年記念を前にして、高橋会長の夢の怪気炎はとどまることなく、ひととき、不況の世情を忘れた

2011年9月22日木曜日

LPレコードと手紙


 先月末、西宮家の熱海の別荘でLPレコードを聴いて、アナログレコードの音の魅力を再認識した。
 CDは取扱いが簡単で、ほどほどに高音質である。
 LPレコードはとり扱いがやっかい、。良い音を引き出そうとすると、プレーヤやカートリッジの選択が大変で、泥沼となる。
 ということで、LPは30年ほど前にプレーヤも処分してしまった。レコードのほとんどは秋田の実家に送った。お蔵入りである。
 西宮家の体験が影響し、LPレコードをまた聴く気になった。電気店で最も低価格のプレーヤを購入。なんと9千円である。うまくいかなくとも後悔しない金額である。再生してみた。結構いける。濃くのあるアナログ独特の音はでないが、ランプの灯をみるような懐かしさがある。溝を針でなぞるのであるから、音は不安定。だが、演奏者の温もりを感じた。
 CD(プレーヤも含め)は道具だが、SP(プレーヤも含め)は楽器だと感じた。
 恩師、髙橋彰三郎先生からお手紙をいただいた。手書きの手紙である。
 文面だけでなく、その筆致からも、先生のお人柄や、歴史が感じることができる。
 それは上質なLPの音を聴くようである。
 教え子である私の手紙はワープロである。
 それは通信手段の域をでない・・・。
 

2011年9月18日日曜日

燦々、人間浴


●15日(木)御茶ノ水で西宮聡彦さんと会う。小生が高校時代に作詞した母校の50周年記念歌の蘇生演奏をお願いする。
●16日(金)地元(牛久)松本英語塾の飲み会に参加。(小生は語学はダメで飲み会だけ参加)現役時代の職種は、柊昌夫さん(商社)、中居福四郎さん(建設)、渡辺いつ子さん(香港で美容院)、中田貴己さん(公務員)と色々。90才を過ぎて日本に永住を決めたドナルド・キーンの思い出が共通の話題。さすが、レベルが高い。
●17日(土)出版社・社長にお招きいただきゴルフ。パートナーはジャズ・ライヴの社長、オーディオ機器メーカーの社長と、現役の経営者たち。恐縮してしまう。3人ともスコアは40代、小生のみ50代。ただし、最終ホール、170ヤードでワンオン、ワンパットでバーディ。この達成感は一生忘れないだろう。パートナー(ジャズ・ライヴ社長)はベンツに乗ってにこやかにゴルフ場を後にした。
●ここ数日、名著に感動し続けている。80才、伊藤テイ子さんの自分史に掲載された身も心も焼き尽くすようなご主人の恋の日誌。92才の西宮正泰さん(西宮聡彦さんの父上)の解説による「万葉集探訪」(文芸社)。和田石雲恵さんの「思い出の詩」。”小鏡に映して夏景色あくことしらずに鏡まわして”病床に臥していた和田さんはこの一ケ月後亡くなる。