カセットでTDKの最大のライバルは日立マクセルだった。
あの引き締まったUDの音は、今でも忘れない。
UDシリーズ(写真・UD2)の商品化に尽力された工野正樹さんとは今でもお付き合いいただいている。工野さんは令和2年、~田無と飯能ですれ違った2つの旧幕府方武装集団とその後~を編
纂した「振武軍と御抱組」を自費出版された。
元・日本記録メディア工業会常務理事・木村恭平さん(日立マクセル出身)からは毎月、日本の歴史、文化をテーマにした研究レポートをいただく(写真は工野さんの著書と木村さんのレポート)
定年後のお二人の生き方に日立マンの気概を感じる。その気概がUDサウンドの基だと感る。(日立マクセルさんは今でも記録メディア事業を継続している。)
3月24日、夜8時、電話のベルが鳴る。今頃誰だろう。「ニューヨークの佐藤です」とのこと。TDK退職後、コロムビア大学に行き、ジャーナリストになった佐藤則男さんだった。昔話になった。「TDKに入社したら津積部長に畠山君のところへ行ってカセットの勉強をしてこいといわれました」その後、彼はニューヨークに転勤になり、カセットテープのビジネスに携わった。
4月2日、下関にいる舩越幸廣さんから立派な孟宗竹のタケノコが送られてきた。彼はカセットテープ時代の私の部下だった。個性派そろいの中で、一番誠実な部下だった。タケノコはサクサクという音とともに春の香りがした。
夕べ、オーディオ評論家・斎藤宏嗣先生にお目にかかった。カセットの音質評価でお世話になった。NHKの「プロジェクトⅩ」にも出ていただいた。さて、どこにご案内しようかと迷った。お金はあるかな?カードがあった。OBの私の接待費を会社が払ってくれるだろか?などと馬鹿なことを考えていたら、夢が覚めた。斎藤先生は2年前にお亡くなりになった。
ありがとう御座います、楽しそうで充実してますね!頑張ってください。
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