2018年4月4日水曜日

私のアルバムから②東海林太郎(歌手)


 〝愛と死をみつめて〟でレコード大賞を受賞した青山和子につづく2回目は大御所、東海林太郎である。東海林太郎も「TDKタイムズ」に掲載するために取材した。東海林太郎といえば「赤城の子守歌」「国境の町」で有名。取材当時は日本歌手協会会長。明治31年、秋田生まれ。大正12年、早稲田大商学部卒。満鉄に勤務したが、昭和7年第2回音楽コンクールに入賞し歌手になる。TDK創業者、斎藤憲三とは同郷、大学同期である。取材時期、昭和40年。取材を担当した私は23才だった。
以下、東海林太郎のコメント。

 「いま66才ですが一生歌い続けるつもりです。歌手にとっては体が楽器ですから、毎日節制して、体のコンディションを整えるようにしています。さらに30分の発声練習も日課です。節制とたゆまぬ基礎練習、なにをやるにもこれが一番大切ですね。
 私が歌はじめたのは昭和8年頃ですから、もう千曲くらいになるでしょうか・・・。それを長く保存するためにテープに録音することをやりだしました。私の歌手生活としての生きた歴史を残しておきたいと思っているんです。それにしても、録音のときは、家内、女中と、家族総出で大変です。日頃愛用しているシンクロテープが、憲ちゃん(斎藤憲三)のところで作っているのだということを知ったのはつい最近のことです。
 私はさっそく、工場を見せていただいたのですが、素晴らしい設備ばかりですね。さすが世界的なテープを作るところだけある、と驚いたり、感心したり・・・」

 当時の録音テープはオープンリールテープで、ブランド名はTDKでなく、シンクロだった。

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