2025年11月15日土曜日

関東の嵐山、那須烏山で鮎料理を堪能/老人会バス研修旅行

 

10日(月)私が住んでいる刈谷地区のシニアクラブ(老人会)バス研修旅行があった。
8時30分、出発。水戸の弘道館を見学し、その後、那須烏山まで足を延ばし、鮎料理を楽しもうという趣向である。
当日は前日の雨空がウソのような秋晴れ。バスの中で、幹事役の森田さんが水戸・徳川家について語る。水戸城には天守閣がない。その理由の一つが水戸藩は非常に貧しかったためだという。徳川御三家といわれる水戸藩としては意外である。(ウイキ
ペディアでは、水戸徳川家は参勤交代を行わない江戸定府大名であったため、水戸城が藩主の居城として使われることが少なく、城内の建築物は質素だったとある)
水戸徳川家で最も知名度が高いのは水戸黄門で名高い「徳川光圀(みつくに)」である。光圀青少年時代は不良だったようだが中国の歴史家「司馬遷」(しばせん)の史記を読んで学問に目覚め、「大日本史」の編纂に取組む。この大日本史は光圀の死後も続き、完成まで2百数十年を要す水戸藩の大事業となった。編纂のために全国から逸材が集めあれた。森田氏によると、この大
事業に莫大な費用を要したのも水戸藩が貧しかった要因の一つだという。弘道館(国の重要文化財・写真)は水戸藩の学問の聖地である。ここに「大日本史」初版本の一部が展示されていた。光圀の偉業をこの目で見て感動した。(写真・上)
水戸を出発して北上、那須烏山に向かう。1時近く、鮎料理の「ひのきや」に到着。鮎料理が披露される座敷から、関東の嵐山を眺めることができる。紅葉の山肌の前を那珂川の清流
が流れる。席につくと、囲炉裏の真ん中に真っ赤な炭火が燃えている。世話人が串に刺さった鮎を持参。それを囲炉裏の周りに刺す。息つく暇もなく世話人が鮎の刺身、唐揚げを持参。囲炉裏の端には冷えた瓶ビールの箱が並ぶ。各自、ビールの栓を抜き、ビール注ぎあって乾杯!
一年に一度、刈谷老人会の宴会である。酔いが回ったところで、各自順番に近況を語り会う。来年も野趣豊か鮎の宴会したい。参加料は4千円とお得。

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